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イギリス流巣作りの仕方 家の趣味と服の趣味   田舎に住みたい! イギリス流お隣づきあい

 

理想の家ってどんな家?

2002年4月

娘のクラスメイトがストーンヘンジやバースに近いソールスベリーに転校することになった。お父さんが転勤になった訳ではない。今時流行りのロンドン脱出組なのである。よりよい住環境を求めて。

理想の家とはどんな家だろう?日本と決定的に違うのは一般的にイギリス人は古い家と田舎に住みたがるということだ。美しいことで知られるイギリスの田舎の、例えばわら葺の家や農場の納屋を改造した家に住んでいると言えば、それは「カッコいい」ことなのである。それでもってロンドンにアパートを持っていればもっとクールということになる。

家の価値を左右するロケーションはイギリス人らしさが垣間見られて面白い。商店街や駅付近の便利な通りよりも、田舎のように不便でも静かな場所の方が価値が高いのだ。

5年ほど前、ロンドンはテムズ川のハマースミス橋が老朽化で通行止めになった時、テムズ川南側の住民は中心街である北への要路を絶たれ、不便をきたした。ところが橋南詰め付近の家の価格は橋の不通によって高騰したという。便よりも、静けさが優先されるという好例である。

また、日本は中古家屋なら殆どが土地の値段と言われるが、建て替えをしないイギリスでは建築物としての価値が大きくなってくる。だからイギリスの不動産屋さんに行くと、店頭には家の間取り図ではなく、外見の写真が並んでいる。家の建てられた時代が結構大切なのである。ビクトリア朝風なのか、エドワード朝なのか、はたまたテュダー朝か、モック・テューダー(テューダーもどき)かといった具合。

最近でこそ家の詳細に間取り図が付いてくるが、以前は部屋の大きさと内装の詳細がつらつらと書いてあるばかりで面喰らった。庭の大きさや向き(西向きがよい!)、ベッドルームにバスルームの数は勿論書いてある。が、特に古い家ほどオリジナルの装飾や暖炉、天井の漆喰の飾りが、間取り図よりも優先されていたのだ。

一階の間取りはリビングルーム、ダイニングにキッチン。キッチンに洗濯機がユニットと一緒に入っていて、朝食をとれるスペースも付いているとラッキー・・・というのが以前のスタンダードであった。(一階にトイレがない家も結構あった)ところが大きな家ならともかくも、最近はフォーマルなダイニングルームを取っ払って、見せるためのキッチン、カジュアルなダイニングエリア、居間のスペースを一つにしたのが流行りのようである。

もう一つのトレンドはユーティリティルーム。洗濯機が置け、物置も兼ねるこの小さな部屋の人気は年々高まっている。ちなみに電圧が240と高いこの国では感電したら死に至るので、バスルームに洗濯機を置くのは違法である。

 

左から我が家のドア取っ手、入口のステンドグラス、窓取っ手。イギリスの家を覗きみるなら不動産サイト のヴァーチュアルツアー(Virtual Tour)を試してみてはどうだろう

好景気で人口が増え、ロンドンも過去に例を見ない程の新築ラッシュであるが、私は古い家が好きである。1912年に建てられたこの家に引っ越してきた時、セントラルヒーティングはあったものの、天井が落ちてくる危険があったので修理を要し、多くのイギリスの家のようにシャワーが浴びられないほど水圧が低かった。今でも謎の電気配線のお陰で突然フューズが飛んで真っ暗になるし、コンサバトリー(温室のように天井がガラス張りになっている部屋)の敷居の一部は最近腐り、夫の修理が頓挫してしまい穴が空いたままだ。

それでも好きなのは古い家の方がちょっとした所に飾りが施してあって、遊びの余裕が嬉しいからだ。それに古い家は暖かい感じがすると思う。感じがするだけで隙間風には事欠かないが。というのも窓枠が木製なのだ。最近はオリジナルに忠実なサッシ窓に代える家が増えているが、修理改造しなければならない箇所が多くてなかなかそこまでおっつかない。

引っ越して4年で3階を屋根裏に増築、キッチンも移動、改造した。8年目の今年はバスルーム。再びお茶好きなイギリス人ビルダー(工事をしてくれる人)とやり合うのかと思うとやれやれである。そう、快適な住み心地を求める旅は一生終わることがない・・・。


 

英国式引っ越し

2002年9月

イギリス人の持ち家に対する思い入れは、多分西欧のどの国よりも強く、日本人のそれに匹敵する。ただ、家族のニーズに合わせて、かたつむりのように家を替えるのがイギリス流。例えば、社会人になった時にアパートなどをパートナー(彼、彼女)と共同購入し、子供が生まれて手狭になれば引っ越し、子供が巣立ってこじんまりしたければ、また引っ越す。そうすれば、その差額を年金にできるからだ。それに、田舎居住願望や転勤など、引っ越しとは縁の深いイギリス人なのである。

それゆえか、引っ越しと離婚が国民的ストレスの代表という。しかし離婚はともあれ、なぜ「引っ越し」がそこまで大仰なのか。今回、体験してみて初めてわかった。

まず諸悪の根源は「売買チェーン」。新築マンションなど数少ないイギリスでは、殆ど中古物件の売買であり、購入した家には人が住んでいる。つまり、AさんがBさんの家を買うなら、BさんはCさんの家を買わなくてはならず、CさんはDさんの家を買い・・・と連なっていく。これを「チェーン」と呼ぶ。そして、全ての売買が同時に行われなくては、誰かが宿なしになってしまう。家を売ったが、気に入った家が見つからず、一時的に賃貸する人もたまに出てくるが。

ここ2-3年ボツボツと近所の売り家を見て回っていた私だが、今春、気に入った物件が出た。普通は売り先行型であるべきなので、慌てていくつかの不動産屋さんに見積もりを出してもらった。そして家の外見や、内装が不動産屋さんのウインドウに並び、ホームページにも載る。それから早ければ2日で家を見にバイヤー達がやって来るのだ。

で、唖然とした。家の見栄えをよくしなくては・・・売り物なのだから。穴をふさいだり、ペンキをぬったり、割れているタイルを貼りかえたり、DIYざんまいの2日間であった。それに3歳と5歳の娘達を抱え、家を片付いた状態に保つのは至難の業としか言いようがない。見に来た人にいちいち、「靴を脱いで下さい」と頼むのも、一つのストレスであった。

さて、気に入った人は不動産屋さんを通してオファーを出す。言い値通りに買ってくれるとは限らない。売り急げば安く値切られるし、人気が高いと値が釣り上がる。大きな家の出物だとオークションになることもある。

値段に合意すると、建物の調査をしてもらったり、ローンの組換えをしたりするが、一番のポイントは契約。弁護士に依頼してそれぞれ売買契約書を作成してもらう。家の壁や床、天井に取り付けられているものは、全てこの段階で持っていくのか、置いていくのか、売る意思があるのかを明記する。シャンデリアから、庭木から、果てはトイレットペーパーホルダーまで、である。この契約書を交換し、サインをして頭金を払うまでは、売買が成立するという保障は一切ない。これが厄介なのである。

「売買チェーン」のうちの誰かが「やーめた!」というと、将棋倒しのようにどの取引も頓挫する。今回の場合は4家族がチェーンの中にいて、契約成立の見通しがたった2週間ほど前、我が家を購入予定のR氏に問題が起きた。彼の家を購入予定のM氏の気が変わったという。そうなると、R氏は我が家を買えず、そうすると我が家はA氏の家を買えなくなる。新たにバイヤーを探し、このプロセスを繰り返すことを思うと、絶望のどん底に落ちた。2日後、再び購入の決心がついたらしく、事なきを得たが。

めでたくチェーンの皆々様が契約の成立を見ると、同じ日に「いっせーの、せ!」と引っ越しをする。売る家はお昼過ぎには明渡し、願わくば買った家に即入居となる。

これで法的に一件落着となるが、以前の住み心地を取り戻すには一体何年かかるのだろう。先ずは食べるのにも事欠いた。というのも、ここのオーナーはなんとオーブン付きのレンジを持って行ってしまった。格安の店で買ったレンジが、引っ越しの翌日配達途中で落っことされて破損。次の配達まで2週間、炊飯器とグリドルとBBQで生き抜いた。

売りに出すとFOR SALEの看板が立つ。 それがUNDER OFFERになり、SOLDで売買成立。看板の数はその地域の不動産屋の出来高を示すよきバロメーターなのだ

それに新しい家といっても、築90年である。内側が前回改装されたのも20年以上前の話であって、すべてが古ぼけている。土地神話ならぬ、家神話の続く現在のイギリスでは、美しく改装された家には高いプレミアが付く。言うまでもなく、我々は中味も古い家を選んだ。

まず、覚悟をしていたのが水圧。低すぎてシャワーが浴びられない。洗面台のお湯は特にひどく、ちょろちょろと流れ出る程度。だからだろう、お湯の温度設定が異常に高く、危うく火傷をするところだった。

次に電話。昔、昔、その昔、留守電もファックスもなかった頃、コンセントはいらなかったに違いない・・・。一階も2階も廊下の真ん中に唯一ある電話のソケットの周りにはコンセントが存在しない。よって延長コードを引き引き、ノート型パソコンをよろよろと持ち歩いて廊下でインターネット。ランを買うまで夫のデスクトップは、無用の長物と化している。

前の家に入居した時は天井が落ちる可能性があり、早急な修理を要したが、今度の問題は屋根。大雨が降ったらどうなるのだろう。窓からの隙間風には慣れているが、加えて3階の床下からの隙間風。何箇所かカーペットに黒い筋が走っている。

とんでもない家に聞こえるが、古い家独特の装飾や、重厚な木のドアなど、気に入っている箇所はたくさんある。娘達にも個室を与えられる。それに、庭が以前より広く、洋ナシとリンゴの木に実がたわわになっている。

契約書に明記して掘り起こしたもみじと沈丁花も植えなくては・・・と思いつつ、シーツを干しに庭へ出て、危うく転びそうになった。芝生の上に腐った洋ナシがゴロゴロしていたのだ。リンゴも然り。家を住み心地を良くしながら、庭も維持・・・本当に気が遠くなる。

 

英国式接待

2002年10月

9月29日日曜日,朝7時。私は桃のジュースとシャンパンのカクテル、ベリーニを片手に新聞を読んでいた。ここはエリザベス女王、エジンバラ公も乗車されたことがあるという、オリエント急行「Audrey」の車内。大きなウイングチェアー(背もたれが高く、耳の付いた椅子)、銀のカトラリーが並び、生花の飾られたテーブル、車窓には移り変わる田園風景・・・映画のようとはこのことぞ。

今日は接待でライダーカップに行くのである。ライダーカップが何であるかご存知ない方への説明はさておき、欧米の接待の幅は広い。日本ではご本人のみが主なようだが、こちらでは奥様連れも多く、子供向けミュージカルへの招待などもある。夏の接待の目玉は屋外イベント。アスコット競馬や、ウィンブルドン、ヘンリーボートレース、グラインドボーンオペラ、ゴルフの全英オープンなどなどがあり、秋の声を聞く9月になればそろそろお仕舞い。冬場はスキーを除いて、インドアの接待が盛んになるのだ。

我が夫は接待が大キライな人物であって、いつも丁重にお断り申し上げるのだが、ライダーカップとあって、飛びついてしまった。移動の際オリエント急行に乗れるとは、後で知ったことである。内装は全てマホガニー、お手洗いの便器もマホガニー。「手動ブレーキをかけた罰金は5ポンド(約900円)」と言う注意書きも時代を感じさせる。

正統なイングリッシュ・ブレックファストを終え、満腹至極、しかし6時28分発の列車は9時10分にバーミンガム駅に着くはず・・・が、10時半になってもまだ到着の様子がない。なぜ160キロの距離に4時間もかかるのか、日本人の私は理解に苦しむ。いつもならイライラするところ、今日は不思議とリラックス。オリエント急行のなせる業なのか。

目的のライダーカップは日本ではあまり知られていないようだが、隔年で行われるアメリカVSヨーロッパ、24人のゴルファーによるチーム対抗試合である。 「ゴルフでもっとも重要なイベント」と形容した人があるくらい、欧米が沸きに沸く。普段はゴルフに興味のないサッカーファンでさえ、ライダーカップだけはテレビに貼り付けになる。

1927年に始まったこのイベント、普通のゴルフと決定的に違うのはマッチプレーと呼ばれる得点の仕方だ。Four Some 8点、Four Balls 8点, シングル12点の合計28点のうち、14点以上取ったチームが勝ちとなる。Four Someはチームから二人一組、合計4組づつが出場。ひとつのボールを代わりばんこに打ち、ホール毎にスコアでチームの勝ち負けを決めて行く。Four Ballsも同様だが、4人ともそれぞれプレーし、 これまたホール毎に勝ち負けを決める。そして18ホール後、勝ったホールが多いチームがやっと得点できるのである。

同点で迎えた最終日、ヨーロッパ人たちはハラハラしていた。前カップは引き分けで前々回優勝のアメリカがカップを維持。本来なら去年のはずが、9月11日のテロで1年延期。待ちに待っての大会なのだ。今日はシングル、一騎打ちのマッチプレー。それなのに同点では勝ち目が少ないと、皆心の底で感じているのだ。だって 欧米のトップゴルファー24人といっても、世界一はご存知タイガー・ウッド、第2位はミケルソン。二人ともアメリカ人である。ヨーロッパチームは、12人集めようとすると、有名無名かき集めて頭数を揃えなければならない。しかし、予測がつかないのは、メンタルなスポーツのゴルフだからこその醍醐味。実際、トップゴルファーがチームプレイヤーの資質を持ち合わせているとは限らない・・・。

会場に着くとホスピタリティ・テント(接待テント)でラジオなどを受け取り、いざ出陣!12時からフルコースのランチが用意されていたが、キャンセル。10番ホールにたどり着くとグリーンわきに陣取った。ラジオで進行状況をチェックする。1番手のモンティ(コリン・モンゴメリ)が破竹の勢いだ。彼はもう国民的ヒーローである。メジャー大会は最高2位止まりだが、ライダーカップになると無敵なのだ。

 

オリエント急行ライダーカップも非日常。それが楽しいのである。

だんだんとゴルフコース全体が異様な雰囲気になってきた。究極のゴルフ、愛国心、そして興奮やスリルとは裏腹に、フェアーなプレイとエチケット。3年前17番ホールでアメリカ人が勝敗の鍵を握るパットを沈めた時、ヨーロッパチームがまだプレー中にもかかわらず、どやどやとグリーンに人々が押しかけた。これは最悪のルール違反としていまだ語りつがれている。あくまでも紳士のスポーツなのである。静寂の中でのショット。決まった瞬間の大歓声。

14番ホールで早くもモンティの勝利が決定した。1点追加、あと5 1/2点!ヨーロッパ勢の優勢が続く。8組ほど見たところでフェアウェーに場所を変えた。そしてゴルファーの奥方達がそれぞれの夫に付いて回っていることに気付いた。揃いも揃ってブロンド美人。制服みたい・・・何人かはきっと染めているに違いない。

本国イギリスでさえ無名のプライスが、世界第2位のミケルソンに圧勝してヨーロッパの勝利が見えてくると、観衆は18番ホールへ流れ出した。  人だかりは幾重にもなっていたが、私は10センチほどの壁のでっぱりに這い上がり、最後の瞬間をこの眼で見ることができた。優勝に必要な最後の1/2点(引き分けだと1/2点づつ加点する)を勝ち取ったのは、メジャーでは14位タイが最高のマッギンリー。チームワークの勝利であった。

いつもは孤独なゴルファーが肩を抱き合い、涙を流す。弱冠22歳のガルシアが、まだプレー中のパルナヴィックに勝利を伝えるため、18番ホールのフェアウェーを駆け抜けて行った。応援に来られなかったガールフレンド、マルチナ・ヒンギスにはどうやって報告するのだろう。

ともあれ、長い長い一日であった。再びオリエント急行に乗り、夕食の後はひたすら船を漕いだ。次回はアメリカ、4年後はアイルランドのK−クラブでの開催。「この興奮を再び???」いや、自宅観戦であろう。テレビの方が試合全体のハイライトを無駄なく見られるということが、よーくわかったからである。

 

メリー・ストレス?クリスマス

2002年12月

お正月のように、家族で祝うイギリスのクリスマス。だが、ある調査によると75%の人々はクリスマス国外脱出を願っているという。冬至には4時に暮れる日、毎日続く曇り空。ここにいれば気持ちだって落ち込んでしまう。

アメリカだと感謝祭が秋にあるからいいが、イギリスの秋は退屈である。だから、これでもかとクリスマスに入れ込む姿は、涙ぐましいほど。美しいイギリスのイルミネーションの裏には様々なストーリーが隠されているのだ。

ハロッズのクリスマス売り場は8月にオープンするが、人々がクリスマスを口にするのは10月のハーフターム(学期の中休み)が終わったあたり。「クリスマスはどちらへ?」が会話に登場する。その頃から、スーパーではクッキーやチョコレートの大きな缶を天井まで積み上げる。買う人があるから売るのだろうけれど、もらった人は太るか、誰かにあげるか。どちらかの選択を迫られるに違いない。

そして11月。クリスマス商戦が開始され、人々はプレゼント選びに苦悶する。追い討ちをかけるように、クリスマス用通販カタログもどっさり届き、新聞も雑誌もプレゼントのアイデア特集を競う。クリスマス・フェアーも11月がピーク。子供服、おもちゃ、生活用品、写真たてなど、教会ホールや個人宅で販売されるのだ。

我が家などさっぱりしたもので、カナダに里帰りしなければ、プレゼントは義理の両親だけで許されている。しかし、国内組であれば、両親に兄弟、甥に姪などと果てしがない。親類だけではない。ゴッドマザーやゴッドファーザー(幼児が洗礼を受ける時に、信仰の誓いをたてる代母と代父)であれば、ゴッドチャイルド(教子)たちにもプレゼントを贈ることが多い。夫や子供達ともなると、本命用、ジョーク用とひとつで済まないから、買い物リストはエンドレスである。

学校の先生へだってプレゼントを贈る。そう、これじゃ日本のお歳暮みたい。クリスマスと学年末(7月)にお礼をするのだ。 2千円程度の物とはいえ、最初は賄賂みたい・・・と思ったが、郷に入ってはと、早速みなに習った。「学年末にすれば充分よ。」とカラカラと笑うアメリカ人の友人を見ると、つくづく私は日本人だという思いを新たにする。

プレゼントを買いつつ、クリスマスカードをオーダーし、12月に入ってすぐ国外へのプレゼントを送付。息つく暇もなく、今度は子供達のクリスマス・コンサートである。ほれ天使だ、羊飼いだと衣装を作り、出店用にケーキも焼く。

家の装飾も疎かにはできない。リースやツリーと一口に言っても、門松のように判で押したようなものではない。主婦のセンスが出てしまうから、あまり気を抜くわけにもいかない。

主役のツリーは生。毎年クリスマスから12日を過ぎると捨ててしまうのが辛いけれど、カナダ人の夫にすれば、譲れないらしい。あちらだとツリー畑に行って自分で伐って来るらしいが、こちらだと八百屋さんや、ガーデンセンターでネットに包まった木を買い求める。根元の枝を切り落とし、植木鉢の形をしたスタンドに真っすぐ立てるのだって、夫と悪戦苦闘である。

気が付けば、クリスマスを首を長くして待っている子供達が、暗く惨めな天気で退屈しきっている。しかし、この退屈さは文化の向上を邁進させるらしい。クリスマスとなれば、お馴染みバレエのくるみ割り人形を始め、演劇ではピーターパンその他の演目、それに007、ハリー・ポッターなどの映画の封切、1月には太陽のサーカスもやって来る。

イギリスには小さな町にも劇場がある。せっかくだからと、ディケンズのクリスマス・キャロルを見に行ってきた。子供向けかと思っていたら、最後にはこちらが涙ぐむほどの感動もの。演技も歌もけっして子供だましではない。

ハロッズなどのオーナメント売り場は一見に値する。美しいガラス細工に時間の経つのも忘れてしまう。

そして、ファーザー・クリスマス(英国流サンタの呼び名)も恒例のエンターテイメントである。本物はイヴに来るが、アトラクションでやってくるサンタにはタダで小さなプレゼントがもらえるのである。一番有名なのは、ハロッズのおもちゃ売り場のサンタで、平均2時間待ちという。が、そんな暇がある訳もなく、我が家はいつも町内のサンタ。近くていいが、ダルマのように着膨れて30分は待つという試練がつきまとう。

学校が休みに入り、クリスマスが秒読み状態になると、ラッピングという大仕事が待っている。寝静まった後、あちこちに隠してあるプレゼントを掘り出し、様々な包装紙で包む。すぐさま小さなカードに宛名と差出人を記し、ツリーの下に飾る。だから包装紙も、コーデュネートしたいところである。そしてサンタからのプレゼントは、イヴの夜半まで再び雲隠れさせるのである。

その後、プレゼントを包んだ紙の切れ端でストッキング・フィラー(ストッキングに詰めるもの)をラッピングする。クリスマス・ストッキングは暖炉のそばに掛けておく大きな靴下である。この中にサンタからの小さなプレゼントが届くことになっている。カタログにも、50ペンスから5ポンド相当のおもちゃがストッキング用にまとめてある。つまりは福袋のようなもので、面倒な人には詰め合わせセットもある。

クリスマス・ディナーの買い出しリストを作るためリビングルームに入ると、ツリーの匂いがすがすがしい。ウッディな香りがストレスに効きそうである。今年ももうすぐクリスマス。皆様よいお年を。

 

止むことのないカルチャーショック

2003年2月

カルチャーショックというもの、私の「当たり前」と、この国の「当たり前」が違うだけの話なのだ。それは分かっているつもり。でも例えば、電話や電車など、生活の基本を保障するものにカルチャーショックを覚える時、ここは先進国なのだろうかと疑ってしまう。

先日、夫が家で仕事をしていた時のこと。ファックスが受信できないと文句を言っている。機械類の故障はよくあることで、我が家は愛国心あいまって日本のメーカーを選ぶのだが、依然としてモノはよく壊れる。これはもうカルチャーショックではなくなってしまった。それでも1年の製品保障を3年や5年に延長する保険販売のダイレクトメールが引きもきらないのには閉口する。うーん、本末転倒じゃあなかろうか。壊れないものを作ればいいのに。

横道に逸れた。ファックスの番号に電話をかけてみたが、電話は鳴らない。クリスマス前にファックス専用のケーブル線を引いたところなのだが、そう言えば発信ばかりに使っていたような。

本当は8月末に引越してから、すぐにファックス専用ラインを引きたかったのであるが、実際に引けたのは何と12月、今となっても信じがたいプロセスであった。

まず第一回目、歩道に点在するティー(システムの端末)が土やなんかでつまっているため、それを掘り起こすチームが必要となり、出直し。二回目、特別チームが派遣されるはずが、前回と同じ部隊が派遣され、無駄足。三回目、お目当てチームが来たが、「前庭のタイルをケーブルを引くためにはがしてもらわなければ、工事はできない」と言う。「どーして、今まで言ってくれなかったの?」という疑問をヨソに、チーム帰還。四回目、「そんなタイルを剥がさなくても、ケーブルを引いてあげよう」という拍子抜けな結果に終わった。

再び横道に逸れてしまった。待ちに待ったファックス専用ライン。名刺にも印刷し、一件落着かと思いきや、受信はおろか電話が鳴らないのは不届き至極。早速ケーブル会社に電話をした。そして20分後、私はキレギレにキレそうになったので、対応を夫に託すことにした。「その電話配線は契約終了で、現在使われておりません。」「いえ、12月に引いて頂いたところです。契約日云々、契約書類番号云々」「そんな契約は存在しません。」「そんな!今、現在、この瞬間、あなたと電話しているじゃありませんか?」

そして合計2時間にわたる問答の末、その電話線は存在しなかったことが判明した。つまり、使い放題の幽霊ラインだったのだ。そんな会社が上場されている恐ろしい国、英国。来週、再工事に来るというが、一体電話一本引くのにいつまでかかるのだろう。

電話がこうなら、電車もそう。電車は時間通りに来るのが「当たり前」だと思っていたが、そうではない。遅れたり、キャンセルされたりするのが「当たり前」であれば、日本の公共交通システムは「奇跡」ということになる。

地下鉄は比較的スムーズであるが、それは通常の電車よりマシであるという程度である。よく地下鉄の駅にパフォーマンス状況の棒グラフが偉そうに貼ってある。路線によってその月々、どれだけ正常に稼動したかを公表するもので、勿論100%は皆無である。つまり、常に正常に稼動するなぞ、夢のまた夢。稼働率9割を超えて、めでたしめでたし。時刻表等あってないようなものである。

勿論地下鉄は、明治維新よりも前の1863年開通、150年の疲れが出てきているのよ・・・と肩を持ってみたりもする。でも無罪とは言い切れないと思う。 ロンドンで転職して間もない頃、初めて大切な顧客のミーティングに連れて行ってもらうことになった。普通なら地下鉄35分のところ、20分余計に時間を取って家を出た。結果、10分の遅刻。同行の日頃から意地悪な現地人ボスのイビリに耐えかね、帰社してから過呼吸症候群になった。35分の倍、70分の余裕を取らなかった私の落ち度なのだろうか。

地下鉄でこれだから、電車は理解を超える。国鉄が私鉄化されてから、会社のトップは欲に目がくらんで、設備投資を怠ったらしい。英国の電車は恐竜のような存在である。近年の脱線事故の結果、近代化が進んでいるが、線路のあちこちが工事中で、特に土曜日はノロノロ運転が余儀なくされる。夜中に工事して、日中への影響をなくせというのは日本的な発想なのだろうか。工事従事者の家族生活、社交生活を思い遣るため、ノロノロ運転を受け入れるのが英国なのかもしれない?

ロンドン中心部のこのCマークをまたぐと一日5ポンド。課税地区の学校に送り迎えをする親達からはブーイングが絶えない。

よって私は電車に乗らない。でも開かずの踏み切りと言う問題が残る。日本でもこれは存在するだろう。しかし、開かずの踏み切りは時間と場所が決まっており、例えば8時2分から8分までは開かないとか、避けようと思えば避けられる災いである。ところが、英国のそれは無差別攻撃、よって始末が悪い。そもそも英国の踏み切りでは、一旦停車は義務付けられていない。その代償として、踏み切りは電車が来る遥か前から降りる。時刻表通りでない、好き勝手に走る電車のおかげで、1本待つのか、2本3本待つのか、さっぱりわからないのだ。何という無駄、何というストレス。

時にロンドン市内の中心部ではCongestion Charge(交通渋滞税)を導入しようとしている。混雑のひどい中心区域に車で行くなら一日5ポンド支払うもので、公共交通手段の利用を奨励するのだから、私は反対ではない。交通システムが正常に稼動するなら・・・。

それに、この課税システムは車のナンバーを自動的に読み取り、その持ち主に課税するソフトを使用するのだが、そのソフトが実はあまり信頼性がないらしい。VとYを読み違えたりして、つまりは無罪の人に支払い命令が送られてしまう可能性が大なわけだ。まったく、お笑い喜劇としか言い様がない。

そのコンジェスチョン・チャージは今月17日から施行。近代は得意でも現代の不得意な英国。ロンドン全体がカオスに陥らなければよいのだけれど。

日本じゃこんなことはあるまい、こんな馬鹿なことはあるまい・・・という見解は、今日日の日本でも真実なのだろうか。私は憧憬から日本を美化しているだけなのか。いやはや、今月は少しばっかりキレてしまった。結論。カルチャーショックは止むことがない。異国情緒と言葉を変えて、笑っているのが正解だろう。

 

英国チャリティー事情

2003年4月

3月の29日から春休みが始まった。イギリスの春休みはイースターで前後する。今年は4月の3週目にあたり、少し遅めのスタートになったのだ。さて、その春休み前の1ヶ月余りが忙しかった。運動会も、遠足もない。しかし、チャリティー活動が盛んだったのである。

先ずは2月14日。英国心臓基金のMufti Dayで、5万円近い寄付金が集まった。その日、子供たちは寄付をするなら、制服の代わりにピンクか赤の入った私服着用が許される。バレンタインのハートと心臓をかけたのだろうが、上手いというか何というか。娘は大喜びで、服選びに時間をかけた。私服とチャリティーの関係?活動支援のポーズである。募金をするということは、活動を支援するということ。赤い羽根を襟元に付け、その支援を表すように、私服もその印しなのだ。

3月7日は乳がん関連のチャリティーのため、9年生がケーキを売った。子供たちは50ペンスを握り締めて、カップケーキなどを買い、オヤツの時間に食べたようだ。

続く14日はコミック・リリーフで、虹色の服の着用で支援した。コミック・リリーフは、「レッドノーズ・デー」で知られ、赤い羽根ならぬ、赤い鼻を付けるのが一般的。発展して、日本の「24時間地球を救う」的になり、セレブを巻き込む様々なイベントで、アフリカのAIDS教育から、家庭内暴力の被害者救済まで、国内外の活動を行っている。この日、クラシックに赤鼻を付けた幼稚園児や、今年のテーマの「虹」と「Big Hair Do (ボリュームのある大きなヘアスタイル)」を実践、7色にスプレーした髪をボールのようにセットしたマダムなど、楽しい一日であった。

3月21日はケーキコンテストで、ケーキを焼いた。デコレーションを競うものなので奇抜なものも多く、自分のケーキを買い取るのが暗黙の了解。収益金は学校付近の神経系疾患に苦しむ人々へ贈られる。再び5ポンドの募金。27日は再び2年生がケーキセールを開き、春学期が終了した。

学校だけでなく、スポーツでもチャリティーは盛んである。例えばロンドンマラソンはチャリティーイベントの色合いが濃い。多くの慈善団体が選手枠を持っていて、参加費の代わりに寄付を求める。選手は友人、知人、企業からお金をかき集めなければならないのだ。我が夫も一昨年参加したが、トレーニングが過酷なのを皆知っているせいか、多額の寄付が集まった。

チャリティーの長所は多いと思う。お金を集めて、善行に遣うのであれば、宝くじより筋が通っているのもその一つ。イギリスでは宝くじは別名Poor man's tax。貧しい者が期待に胸を膨らませて買う宝くじは、一種の増税であるということらしい。

しかし、チャリティーは善行の塊か?といえば、そうでもない。熱心さからか、集金がとってもアグレなのだ。街角の「募金お願いしまーす。」は過去の遺物となり始め、募金依頼はダイレクトメールに移行している。これがしつこい。月々の銀行からの引き落としにサインするまで、メールが来る。訪問販売形式もあり、「じゃあ、£1ね。」とお財布を開くと、最近は現金を受け取らない人が多い。これまた、強引な引き落とし作戦。効果的な善行をするためには、お人好しは無能なのか?と首を傾げたくなる。

 

ロンドンの有名なおもちゃ屋ヘムリーズも父の日に特別セールを開催、その入場料は世界的に有名な小児病院へ寄付されるとか。

チャリティーという名の下に、寄付金を悪用する人もいる。近所にケチで有名な夫婦がいるのだが、妻はいくつかのチャリティーの理事をやっている。「あら、感心じゃない?」というと、どうも善意だけではないという噂。理事をしていると、寄付金の送付先に視察に出かけるらしいのだが、その会合に講師という名目で夫も連れて行き、おまけに子供3人まで同行したと言うのだ。それも行き先はアフリカ。これは立派な海外旅行、寄付金横領と囁かれても仕方がない。

だから、支援する団体をしっかり見定めないと、チャリティーはうっとおしく、うさん臭い存在にもなりかねない。

最近あまりのしつこさに嫌気がさし、チャリティーカードの作成を考えている。これは寄付専用の銀行口座のようなもので、銀行振り込みや、オンライン入金などで、お金を入れておく。そして特定団体への寄付の指示を出すと、調査してから払ってくれる。勿論£1や£2の定期的な振込みもしてくれる。

それに、チャリティーカードから寄付した金額には、自動的に政府が28%加算する。寄付金に使うなら、所得税はお返ししますという訳だ。お給料からの天引き依頼をすると、これに加えて10%政府が加算。つまり100円出すと、138円の寄付をすることになるのだ。

チャリティーの押し売りが続く限り、合理的かつ経済的な寄付で対抗、支援団体を限り、残りは無視するしかないようだ。

 

英国的土地有効活用法

2003年5月

イースター休暇に日本へ里帰りした。座敷に布団を敷くのは面倒であったが、座敷とはなんというスペースの有効利用か!子供の数とベッドルームの数がイコールでなくてもよく、寝て、遊んで・・・と盛りだくさんである。

イギリスも島国、家の中はともかく、場所の使い方は固定観念に囚われず感心させられる。先ずはコモンと呼ばれる公園。殆どの場合、ベンチがおいてあるくらいで、花壇やらブランコやらを期待する日本人には、どうやっても空き地にしか見えないが、これがなかなかのやり手である。冬の間は犬の散歩くらいだが、春になると色んなものがやって来るのだ。

近所のコモンにまず最初にやってくるのが、ファンフェア。移動遊園地とでも言おうか。公園といっても、整備されているわけでないから、駐車場にする部分をロープで区切り、他の部分が遊園地になる。どこからでも入れるから、入場ゲートも入場料もない。乗り物も現金払いだ。大型滑り台、空中ブランコ、ティーカップ、メリーゴーラウンドなど子供向けのものから、マジックカーペットのような大人向けまで結構本格的。ただ組み立ての都合であろう、急流滑りのようなものはなく、大方が回転ものなので、目が回って仕方がないという難点があるが。

乗り物だけでなく、射て矢やボール投げ等のゲームの他、屋台ではホットドッグやハンバーガー、まるでプラスチックのようなストライプのペロペロキャンディー、綿菓子が売られ、遊園地兼お祭りといった感じ。話は逸れるが、イギリスのホットドッグはまずい。ニューヨークやトロントのホットドッグは結構イケルのに、イギリスのはむにょむにょとした歯ごたえで、胸焼けするばかり。止めて置いた方が無難である。

何せ滞在は一週間。限られた期間なので、近所の知った顔が集まり、挨拶するのに忙しい。そしてファンフェアはまた、他のコモンに移っていってしまうのだ。レゴ・ランドや、ウオーター・ワールドといった固定型の遊園地もあるが、入場料や乗り物代もかさむ。乗り物一回1ポンドや2ポンドといったファンフェアで、小さい頃は十分だ。日ごろは真っ暗になるコモンに、ギラギラと俄か不夜城のような満艦飾のネオンを見ると、大人だって遊んでみたくなる。

次にやってくるのがサーカス。「太陽のサーカス」のように、洗練された出し物でなく、いかにもどさ回りだが、これまた子供たちの恒例の楽しみとなる。空調のない小さなテントなので、暑いと生き地獄のようだが、一列目ならリングに手がかけられる。なかなかの迫力なのだ。

もう少し大きな公園になるとコンサートを開く。野外音楽堂などなくとも、その期間だけステージが設えられるのだ。夏の長い夕べに、人々は皆ピクニックを持ち寄り、食後は寝転びながらワイン片手に音楽鑑賞。非常にくつろげる。

他にもフェアーといって、お祭りのようなものに使われたり、コモンは見かけによらず、変幻自在なのである。

 

ティーカップや空中ブランコをはじめ、様々な乗り物があるファンフェア。

教会ホールもフル回転である。どの町でも教会は四つや五つはあるので、日本でいうならお寺というより、区民ホールといったところか。午前中はナーサリー(幼稚園)、2歳半から4歳児までなので、保育園を兼ねているところ以外は殆ど午前中で終業になる。午後はバレエや空手、リトミックなどのお稽古、休日は、お店の在庫処分セール、バザー、子供のお誕生日パーティーなどに使われる。夜は夜で、演劇に使われたり、様々な学校の寄付金集めを目的にしたイベント等に活躍する。

学校も日本と少し事情が違う。校舎を想定して建てられたものもあるが、特に私立の小学校では、邸宅をそのまま校舎にしてしまったものも珍しくない。一クラス20人以下の少人数が殆ど、寺子屋のイメージといったらいいだろうか。ベッドルームが教室に、庭は遊び場になり、プールやグラウンドは近所のスポーツセンターのものを使用する。施設だって午前中は使われてないことが多いから、お互いハッピーということらしい。

さて、ロンドンの地下鉄では、流しのミュージシャンのオーディションを計画中だ。追い払っても捕まえても、後を絶たない流しなら、いっそ合法化してしまおうというものだ。オーディションに合格した人は駅なり、路線なりで、決められた時間内なら稼ぐことができるらしい。

これだって、地下鉄の多目的化。島国なのだもの、何でも頭を柔らかく、考えなくっちゃね。

 

いざロイヤル・アスコットへ

2003年6月

「ああ忘れてたけど、明日アスコットに招待されてるんだよ。」再び某銀行からの接待のお誘いらしい。急な話だが、ロイヤルアスコットの最終日とあっては、逃すわけにも行くまい。忘れないでちょうだい、そんなこと!と夫に腹を立てながらも、様々な手配を開始した。

まずベビーシッター。長時間なので難題と思いきや、お気に入りトップ3の一人が引き受けてくれた。次に帽子!手持ちでは適当なのものがなく、このような日のためにお帽子レンタルショップが存在するが、ご予約のみ。そんな余裕はないから、再び電話攻勢である。交友関係の広い=結婚式によく呼ばれる友人に頼み込み、試着大会。今年流行りの羽飾付きでないのが残念だが、この際贅沢は言っていられない。

アスコットでも、「ロイヤル」が付かない通常のレースではドレスコードがない。しかし、エリザベス女王ご観戦+上席となると、男性はテールコート(日本でいうモーニング)にシルク・ハットもしくはスーツ、女性はお帽子着用がルールらしい。この日の気温は22度。女性は揃って夏の装い、ホルターネックのトップス+パンツやデイドレスのところ、男性はとっても皆暑そう。冬場なら立場逆転、女性はいつも肩丸出し、デコルテを鳥肌で飾る。これが英国式フェアー精神なのかしらん。

便乗させて頂いたご夫婦の、ベンツのコンパチブルでスマートに到着。駐車場では、そこここで皆ピクニックをしている。老人から子供まで男性は皆ダークスーツ、女性達の帽子がまるで花のようだ。

通されたボックス席は、ダイニングルームとレースコースが見下ろせるバルコニーからなっている。シャンペンを受け取り、赤とピンクのシャクヤクで埋められたバルコニーに出ると緑眩しいレースコースが広がった。そう、テニスコートや、サッカー場が芝なら、競馬場も芝。手入れが大変そうだが、土煙があがらなくて非常にヨロシイ。

そしてご紹介タイム。この接待のホストご夫婦をはじめ、その他のゲストに紹介される。ホストはテールコートで正装、ご夫人も黒の羽飾のついたお帽子。帽子を借りてきてよかったと、ホッと胸を撫で下ろす。パーティの内訳はアメリカ人が4人、インド人が2人、パレスチナ人、レバノン人、カナダ人と日本人が一人づつ。イギリス人は一人もいない。「コスモポリタン」という点では、ロンドンはニューヨークの上を行くのだ。

ビーフ・カルパッチョや鮭のカバブなど、とっても美味なカナッペをつまみながら、しばしおしゃべりをして、ランチ。女性はみな大きな帽子を着けたままだ。夏の帽子とあってツバが広く、大層邪魔だが、髪の毛がぺちゃんこになっているから、脱げないのだ。鉢担ぎ姫のように一日中被っていることをここで観念。

ランチを食べながら、おしゃべりもし、馬情報の書かれたパンフレットにも目を通さなければならず、とっても忙しい。メインコースを食べ終わったころ、ボックスに馬券売りのおば様が訪ねてきた。つまり、列に並ばなくてもボックスに居ながらにして賭けることが出来るわけで、おハイソ感いっぱいである。

一レース目はwin either way。気に入った馬を2頭選び、どの順番でも3位以内に入ればよいという賭け方で、一頭が2着。半額が返ってきた。「beginner's luck」なんて存在しないんだわ・・・とちょっとがっかり。食後のチーズをつまんでいると、「パドックに下りてみましょう。」とホストに誘われた。白人の中でも色が白い夫は、汗だくになるのも懸念して、ボックスに残ることにした。ホストはシルクハットをかぶり、私に腕を差し出した。夫以外の、それも正装の男性と腕を組むのも悪い気はしない。

馬馬券屋といっても看板があるのみ。この林立する看板と正装のギャップがまた面白い。

パドックでは人いきれに参ってしまった。ここは一般用。スーツ姿の男性にドレスアップした女性で溢れている。この他に、タイムスリップしたようなアッパークラスの閑散としたパドックと、上半身裸でピクニックを楽しむ庶民の集うレースコース内側のコーナーがある。この違い、このクラス分け。漂白しても落ちない染みのように、どうしようもないイギリスがここに存在する。

パドックには個人の馬券屋が林立し、お気に入りの馬につける配当によって選べるようになっている。迷いに迷っていたところ、この近辺に住んでいるホスト家族のお嬢さんが、盛んに携帯でジョッキークラブに所属しているお友達と連絡をとっているのを嗅ぎつけた。インサイダー情報を頼りに一頭賭け・・・しかし再び2着。賭け事には向かない性質らしい。

ボックスに戻ると、4レース目ぐらいでテーブル一杯にアフタヌーン・ティーが並んだ。それもフィンガー・サンドイッチからケーキ、スコーンまでのフル・ティー。食べたいけれど、満腹なので諦めた。

全部で6レース、40ポンドの負け。でもアスコットを一日楽しめたのだからと、満足気分で帰途に着いた。夫は「来年はテールコートだな。」と意気込んでいる。今度は事前に馬情報を仕入れて臨みたい。

 

イギリス人の不偏の話題

2003年8月

8月も終わりに近づき、空っぽだったロンドンにホリデーを終えた人々が戻ってきた。そして誰もが留守の間の天気がどうであったかを尋ね、今年のように晴天続きだったりすると、すっごくすっごく損をしたような気分になるのだ。晴れの日は限られている=貴重なわけだから。

私は一般化が大嫌いなのだが、本当にイギリス人は天気の話ばかりする。「How are you?」に続く会話も、ディナーやパーティーなどの話題も、天気、天気、天気。あるオーストラリア人の友人は、「これ以上天気の話はできない!」と嘆いていた。

「霧のロンドン」というが、実は濃霧の日というのは殆どない。ただ、とにかく曇が多い。だからだろう、天気というのは「雨、晴れ、曇」を基本とするものだと思っていたが、この国では事情が違う。究極の天気予報・・・「Dry」か「Wet」。曇でも雨が降らなければドライ、雨が降れば「ウェット」。

気温だって年中同じようなもの。ロンドンの冬は0−5度、夏は18−23度。よって寒暖の差はあまりない。だから、なぜに天気の話題が不偏なのか、甚だ疑問・・・いや、だからこそ、多少の変化に興味を抱くのかも知れない?

その変化がある時は季節の変わり目。晴れのち雨が一日に何度も繰り返される。山がないから、海からの風をまともに受けてしまうのだろう。晴れると暖かく、降ると寒い。よって春先などは、タンクトップを着たお姉さんと、オーバーコートを着たお婆さんが同時に街を歩いている。寒いのが当たり前と諦めのついた年寄りと、夏が待てない若者と。

もともと樺太ほど北にあるイギリスの夏は涼しい。20度に届かない日もあるほどで、暑い夏・・・というより、暖かな夏を人々は待ち望む。だから、20度では半袖、22度になればスパゲッティ・ストラップ(肩を細い紐で吊ったタンクトップやサマードレス)で夏を謳歌する。ところが、25度になれば街は大変な騒ぎとなるのだ。暖かな夏に恋焦がれても、25度にもなれば、人々は皆「暑すぎる」と文句を言う。難しい人たちである。

それでも、そんな日には公園に太陽を楽しむ人々が集まる。日焼けした肌は今でもステイタス・シンボル、女性も男性も、いかに全身を焼くかに悩む。フランスはトップレスが当たり前、ナチュリスト(全裸)の砂浜もあるが、イギリスはお隣の国とて、奥ゆかしい。しかし、水着やTシャツの跡が付いては、せっかくの肌を装うことができない。皆チューブトップや、ビキニで肌を焼く。

そんなイギリスが今年は異常気象。30度以上の日が2週間近くも続いた。こうなっては人々だけでなく、ニュースから新聞から、もれなく天気の話題でいっぱいだ。

例年風が吹けば肌寒いような海辺でも、皆繰り出して肌を焼く。見上げた根性である。

まず、人が働かない。この熱波の初日、派遣会社は病欠社員を埋めるのに、異常な忙しさだったそうだ。天気がいいから仕事を休む・・・。一部にしろ、そういう人が存在するという事実に呆れる一方、それほどまでに「夏」に憧れるのは、曇った空に辟易しているからに他ならないと、理解をしてしまう。近所の八百屋さんが早くに店じまいをしていても腹が立たないのは、私もロンドンの気象に侵されてきたのかも?

それから電車もギブアップ。暑さでレールがオーバーヒートしてしまい、徐行運転となった路線が相次いだ。勿論、電車、バス、地下鉄、どれも冷房は付いていないから、暑さと臭気で地獄のようである。

暑いととにかく逃げ場がない。以前働いていたオフィスもエアコンは無かったし、レストランもエアコンが付いていないことがある。そして付いていれば堂々と「エアコン付き」と看板に出す。一般家屋なら扇風機だってある家が少ないだろう。真夏だって通常窓を閉め切って寝られるのだから、網戸だって付いていない。イギリスは、暑い夏とは縁遠いはずの国なのだ。

これから地球温暖化が進んで、エアコンを使い出すとなると、発電が追いつかないというデータもある。電車だってレールの素材を換えるとなれば、国家の一大事である。暑い夏が続けば人々は天気の話をしなくなるだろうけれど。

 

英国チャリティー事情II

2003年11月

クリスマス目前の11月はチャリティーの季節。信心のあるなしに関わらず、「晴れの祝い事の前に、いいことをしたい」という心情に、ぴったりなのだ。ダイレクトメールで、数ポンドの寄付を小切手で依頼するものから、靴箱にラッピングペーパーを貼り付け、玩具や文房具を詰めて学校で集荷するものまで、その種類は様々。

一番大掛かりなものは、「Charity Ball」と言われるもの。直訳すれば「慈善舞踏会」、ブラックタイ(タキシードとイヴニングドレス)がドレスコード、その華やかな雰囲気はチャリティーのイメージとかけ離れているような気がするが、寄付金集め+知名度アップのイベントとして、様々な場所で行われる。

今回お誘いを受けたのは、「Kids Kidney Appeal (小児腎臓援助基金)」(www.kidneyresearch.org) というチャリティーのボール。近所の子供の友達で、軽い腎臓疾患の女の子がいるのだが、そのお母さんが運営に携わっているのだ。会場はヘンリー8世が住んでいたことで有名なロンドン郊外の宮殿、ハンプトンコート。中世の衣装を付けたガイドによるランタン・ツアー付きという。

一人125ポンド。夫婦で参加するのが当然だから、x2で約4万3千円。二つ返事をするような金額ではないが、イギリスにも存在する「義理」にほだされて、結局近所のママ友達夫婦5組でひとつのテーブルを予約することとなった。

さあ、ドレスアップが大変である。夫の接待の場も気を使うが、ご近所ともなれば、隠れた女のライバル意識とでもいうのでしょうか、違った意味で頑張ってしまうもの。

友人Sはラインストーンを散りばめた借り物のドレスに、黒に染めたウェディング・シューズを。お金持ちのもう一人のSはホルターネックの首の部分がすべてディアマンテのバンドになっている、素晴らしい黒のイヴニング。予定しなかった3人目が生まれ、てんてこ舞いのJは、「着るものがないわ・・・」と嘆いていたのに、ゴールドビーズ」のドレスとお揃いのショールで、皆をアッと驚かせた。超特価でドレスを仕入れ、靴は借り物らしいが、ブロンドの髪とドレスのマッチングが見事だった。私は5年前に買ったシンプルなドレスに、靴だけディアマンテ付きの9センチヒールを新調。頭をひねったドレスアップは楽しみのひとつだ。

Cの家に皆で6時過ぎに集合、夫君Hが迎えてくれた。彼は以前軍隊にいたため、上着は黒だがズボンはブラックウォッチ柄。所属していた連隊によって柄があるらしいのだが、とってもオシャレ、20年ものとあって、お腹のあたりが辛そうだったが。ビューティフルなママ友達とその夫たちが集まったところで、前祝のシャンパンの栓が抜かれた。その後、Hの車とタクシーに分乗して、会場のハンプトンコートへ。

到着と同時に再びシャンペングラスを受け取る。そして、ランタンツアーが始まる直前、見覚えのある女性に紹介された。友人が耳元でささやくに、わが子が来月受験する小学校の副校長とのこと。「あのお、一体どのような出題をされるのでしょうか?」などと訊けるはずもなく、ぎこちない、差し障りのない会話でその場を切り抜けたが、ほろ酔い気分が醒めるほど、あたふたとした瞬間であった。

ツアーが終わって、ディナー会場へ徒歩で移動。キャンドルなどがあるので、歴史的建造物からは遠ざからなければならないのだ。メニューは、鮭のテリーヌの前菜、ラムのローストにポテト・ダフィノワーズと野菜、最後はりんごのタルト。食事の間、クイーンエリザベスII号でパフォーマンスをしていたという歌手によるコンサートをBGMにおしゃべりがすすむ。

肌を出した夜の装いは非日常の空気を醸し出す。シャンパンと食事とおしゃべりを楽しんで、人のためになるなら、言うことなし!  

デザートが供された頃、オークションが始まる。イングランドのラグビーチームサイン入りユニフォーム、第二次世界大戦で活躍した飛行機タイガーモスでのフライト、ヨーロッパ著名ゴルファーたちとのラウンド等々。イングランドのワールドカップ優勝がまだ見えていなかったにも拘わらず、ラグビーシャツ一枚の競りが400ポンドから。「ハイ、450、500、550ポンド・・・」司会の人の声が響く。お金持ち&寛大な人ってたくさん存在するのね、と我が家は高みの見物に徹する。

続いてロッタリー。ユーロディズニーに行けるパックや、ジムの会員権一ヶ月分、シャンパンにネクタイまで賞品はたくさんあったのに、くじ運の悪い我が家は総スカン。5枚分、20ポンド寄付に終わった。

11時を過ぎた頃、会場の真ん中に設えられたダンスホール横にDJが陣取った。ボール=舞踏会でイヴニングドレスを着るといっても、そこは21世紀、ワルツの代わりにもっぱらディスコである。音楽が流れ出したのを機に、ご老人方は席を立ったようだが、ポップスといっても、最新ヒット曲に70-90年代ナンバーが入り混じる。DJも客を心得たものだ。

帰途に着いたのは午前一時半。開始は6時半だから、皆しっかりと出来上がっていた。ところがCの夫君Hは殆ど飲まずじまい。タクシーの運転手と化して、7人乗りのワゴンに大人10人が乗り込んだ。タクシー代を浮かせようという、心憎いサービスである。誰かがテーブルから失敬してきワインのボトルを皆で飲みつつ、夫婦一組づつ落っことして、華やかな一夜の幕が下りた。

 

食べるクリスマス

2003年12月

数年前まで日曜日に働くなどご法度、最近でさえ営業時間は6時間程度と決められているイギリス。販売員たちが教会に行くことを妨げる & 家族や友人との社交生活に支障が出るというのがその理由らしいが、世界の24時間営業体制にだんだん染まりつつあり、信者でないインド人経営のコンビニなどはクリスマス当日でもオープンしているという、(日本人にとっては)ありがたいご時世になった。

とはいえ、クリスマスといえば買いだめしなければならないという強迫観念に駆られるのはなぜだろう?スーパーで高々と積み上げられる食品たちには圧倒されるばかり。人を招く機会が増えるといえども、総人口に変化があるわけではあるまいし、一人当たりの食料とアルコール消費量が増加するとしか考えられない。

まずクリスマスといえば、ミンスパイ。これはフルーツを煮込んだものをタルトレットにしたもので、一番簡単なおもてなしだ。これにマルドワインといって、赤ワインにブランデー、シナモン、丁子、オレンジ等のフルーツを加えて煮立てた暖かい飲み物とともに供す。私はイギリスに来た頃、ミンスパイのあまりの甘さに仰天したのもだが、食べられるようになったのだから恐ろしい。

そして、クリスマスといえばパーティー。日本の忘年会のようなものだ。ただ、自宅で行われるカクテルパーティーが多く、カナッペの商品開発にスーパーはしのぎを削る。ブルスケッタのようなイタリア風、ミニキッシュのようなフランス風、ミニサモサなどのインド風、サテーなどのタイ風と世界料理何でもござれ。これに、定番のスモークサーモンや小エビを使ったもの、ナッツとポテトチップスでOK。取り皿もいらず、洗うのはグラスだけ。手間をかけずに大人数をまねくことが可能だ。

社交生活が一区切りついた頃、親族の到着となる。スープの冷めない距離ならよいが、遠方ともなれば泊りがけ、クリスマスのディナーの他に昼、夜のメニューも買い込まなくてはならない。ただ、そこはアメリカほどでなくても合理的。簡単に済ませても許されるらしい。オーブンで焼くだけのソーセージ、フィッシュケーキ(マッシュポテトと魚で作ったコロッケのようなもの)、マリネ済みの肉等々、これに野菜やジャガイモ、パスタを添えてディナーの出来上がり。でも欠かせないのがデザート。太る元凶だと思うのだが、クリスマスケーキと呼ばれるフルーツケーキやパネトーネ、シトーレン、ショートブレッド、チョコレートで締めくくる。

お昼ごはんも簡素。出来合いのスープにパンとか、切るだけのチキンパイ、またはチーズ数種にチャツネー&パンでOKらしい。これにスティックサラダなどを添える。ただ簡単なのはよいが、スープはともかく、どれも油分いっぱい、コレステロールがたまりそうなものばかり。今年私は心臓疾患を抱える義理の両親の2週間訪問があり、良心の呵責から手抜きは最小限、台所で一日を過ごす結果となり、クリスマス前に疲労困憊。しかし、人々は皆「クリスマスだから。」と一蹴してしまうらしい。

さて、クリスマスイブ。朝5時半から開店する肉屋に夫が行列の末、予約済みの七面鳥を買ってくる。いつもはガチョウの丸焼きなのだが、今の家のオーブンは小さくて、七面鳥しか入らないのだ。近所の八百屋さんがこれまたオーダーしておいた野菜を届けてくれるのを待って下ごしらえを始める。

まずは七面鳥の詰め物。栗の水煮とりんご、玉ねぎ、ソーセージ用肉を卵でこねる。そしてクリスマスになくてはならない芽キャベツの外側の葉っぱを剥く。それから我が家の定番、紫キャベツの煮物。りんごの酸味とスパイス、ほんのり甘い味が美味しい。(ロンドンの食卓から参照) それに人参と金柑のグラッセを作る。パースニップスと呼ばれる根菜もパルメザンチーズをまぶしてローストすればよいだけにしておく。これで準備万端。

そしてクリスマス当日、マフィンやパンケーキなどでお腹いっぱい朝食をとる。お昼ごはんなどで、ディナーのための食欲がそがれては困るのだ。同時に夫が腕をまくりあげて、5キロを超えるターキーに詰め物をする。日本人には羽をむしった生の鳥はグロテスク過ぎる・・・。

慌てて着替えて、恒例のクリスマス礼拝のため教会へ。近所の面々に挨拶するのが忙しい。終わるのは11時半近く、参列者が多いため、聖体拝領に時間がかかるのだ。子供は窒息状態から解放されてホッとする。

要領のよい家族は礼拝前に七面鳥などをオーブンに入れるらしいが、我が家はいつも終了後。肉汁を封じ込める高温処理の30分が終わると、調理時間は3−4時間。美味しい匂いに包まれて、ゆっくりとした時間を過ごす。往々にして近所の人たちとシャンパンやワインを飲んで、晴れの日を祝った後、家に戻ってツリーの下に積まれたプレゼントを開けてゆく。

食料品だけでなく、ツリーもリースも買わなくては・・・。プラスチックで済ます家もあるが、我が家は毎年どちらも生!

今年我が家は家族4人プラスおじいちゃん、おばあちゃんで6人。それぞれがそれぞれに数個づつプレゼントを贈る。それに郵送されたゴッドマザーや、親戚からのプレゼントもある。各々が一つずつ開けるのを皆で見守るから、大変な時間がかかるのだ。

プレゼントのセレモニーが終わったころ、スモークサーモンなどのおつまみを出しながら、ディナーの準備に取り掛かる。下ごしらえしておいた野菜を温め、ローストポテトの用意をする。家中が七面鳥の匂いでいっぱいになったころ、やっと食事となるのである。

オーブンから七面鳥を取り出し、最低30分は休ませる。その間にクリスマスクラッカーと呼ばれる爆竹のようなもので遊ぶ。これは厚紙で作った大きなキャンディー型のもので、両端を2人で一つずつ引っ張る。パーンと大きな音がして、どちらかの人が真ん中に入っているおまけを手にすることができるのだ。おまけの他にジョークの書いたものと、紙で作った王冠が入っていて、ジョークを読み上げ、冠を頭に載せる。そしてディナーが始まるのである。

一家の主が七面鳥などの肉を切り分け、一つの皿に肉の他、野菜を取り分ける。これに、肉汁でつくったソース、グレービーやブレッドソースをかけて食べるのだ。何度もおかわりして、満腹以上に満腹になったころ、一休み。デザートが待っているからお腹を空かせるべく、多くの人々はここで散歩に出る。

クリスマスプディングと呼ばれる真っ黒なフルーツと油の塊が定番のデザート。ブランデーをかけてフランベし、ブランデーと粉砂糖、バターを練ったものをかけて食べる。(本当に体に悪そうである。)美味しそうに見えるが、私は渡英直後、がまん大会のように口に押し込まなければならないほど嫌いであった。それが10年たった今、クリスマスの風物詩として楽しむことができる。年月というのは不思議なものだ。

翌日、料理三昧に加え、消化器官の能力をはるかに上回る食事とワインで二度と食べ物を見たくないような状況に陥る。普通のイギリス人なら、大晦日あらたに大酒をくらって新年を迎えるのであるが、私にはおせちという試練が待っている。クリスマスイブから大晦日まで、食というものから離れられない運命にあるらしい。

 

美味しくなった?スーパー事情

2004年3月

パリのミシュラン評論家が、ロンドンのレストランは美味しくなったと言いだして久しい。勿論、今でも私は決して知らないレストランに入ったりはしないが、美味しいレストランは人々の「食」への関心を高め、草の根レベルで美味しいものが増えてきたと思う。

特にスーパーでは、安かろ悪かろの商品とともに、「Finest(=最高級、Tescoスーパーから)」や 「 Taste the Difference(=違いを味わって,Sainsburyスーパーから」という、スーパー独自のブランドが近年次々に発売され、グルメ族にアピール。今月はそんなスーパー事情に触れてみたい。

こちらの人は一週間・・・とは言わずとも、まとめ買いが一般的。だから、トロリーの中を見ると、その家族の食生活が一目瞭然で、たいそう興味深い。冷凍食品や、包みをとってオーブンに入れるだけのTVディナーを山ほど買っていく人、パックではなく自分で計った野菜ばかりで倹約をする人、肉、野菜、牛乳、パスタに至るまで有機栽培に徹する人等々。食生活が進化してきている今、人生の縮図まで見えてきそうな、スーパーなのである。

まず入り口は、野菜・果物売り場。バナナだけでも、有機栽培、フェア・トレード(公正取引)に、普通のものと3種類。これに中南米のグリーンバナナを売るスーパーもあるようだ。玉ねぎも、有機栽培、普通のものに、エシャロット、マイルド・オニオン、紫玉ねぎと様々。ズッキーニも緑のに加え、黄色いものもあり、同じ瓜の種類では、かぼちゃ(Kabocha Squash)、バターナッツ、糸カボチャ等が並ぶ。シイタケは定番だし、シメジを売るスーパーもあり、野菜売り場は特に、コスモポリタンなロンドンを感じる。

それにドレッシングをかければ良いだけのサラダの袋詰めの多いこと。ルッコラや、シーザーサラダ、ほうれん草の新芽、クレスに、そのミックス。エキゾチックなミックスでは「ミズナ」なんかが入っていたりする。ローストチキンのスライスやハムと併せればしっかり主菜になれる、サラダのバリエは手抜き料理にありがたい。。

肉は塊が基本。狂牛病騒ぎも治まり、人々はまた牛肉を食べるようになった。今まではステーキは硬いだけのイメージだったが、セインズベリーでは、若きシェフ、ジェイミー・オリバーの商品、「21日熟成ビーフ」で全く別の食べ物に変身。日本では、平均14日の熟成、こちらでは平均4−5日と聞く。それを21日に延ばしたことで、柔らかさに差が出るらしい。仰々しく真空パックになっているステーキは、日本のそれを思い出させる。ただし、2−3割高いので、しょっちゅうとは行かないが。

卵もグルメになった。一昔前、イギリスの生卵という本があった。以前は生卵を食べてサルモネラにあたる人が多く、マークス&スペンサー(高級スーパー)の卵だったら大丈夫とか、日本食屋さんの王室御用達なら信頼できる・・・などと、日本人の間で様々な迷信が生まれ、いまだに避けている人が多いようだ。これもオーガニック&放し飼いの卵を買えば、OKと聞く。オメガ3入りもあって、卵だけで8種類ほどもある。

日本よりも美味しいもののひとつが、我が家のお気に入り絞りたてオレンジジュース。濃縮ジュース還元でないので、ホテルの朝食のあのお味。カナダの方が安くて美味しいものがあると自負する義理の母も、これだけは素直にイギリスが上手と認める。滅菌処理されているから、栄養価は同じだろうが。

ズラリと並ぶサラダバッグの数々。ドレッシングがついているのもあって、ボウルに空けて混ぜればあっという間に出来上がり。

そして飲み物と言えば、最近テレビのピークタイムによく出てくるCMがなんと、ヤクルト。アクティメルという同じく乳酸菌飲料とともに、新しくておしゃれな飲み物なのだ。昔変わらぬパッケージをスーパーの棚に見ると、ふと懐かしい気持ちになる。

見るからに体に悪そうなジャンクフードも日本より格段に多いけれど、品数が多いのはアレルギー患者対象商品。卵、乳製品は勿論のこと、発作から死に至るナッツアレルギー、小麦製品を食べると消化器官の内膜が傷ついてしまうセリアック病など、様々な疾患に合わせて、小麦粉フリー(なし)のパンや、パスタ、ビスケットなど、スーパーは「Free From(・・・・なしの)」商品開発に忙しい。

また、ユダヤ教にイスラム教、宗教や人種によって食べ物に規制があったり、しきたりがあったり。ユダヤ人の食するホムスはヒヨコマメとオリーブ油と練りゴマのディップだが、これは一般的なイギリスの食卓に上る。タラマサラタも日本のものとはレシピ自体が違うよう、クリーミーで美味である。

グルメ志向と、コスモポリタン化でどんどん美味しくなるイギリスのスーパー。最近はワカメや味噌も売っている。豆腐が似ても似つかぬゴムのような代物であるのも、いつかは解決されるに違いない。

 

 

イギリス流巣作りの仕方

2004年5月

土地バブルならぬ、家バブルのため、改築すればよいと腹をくくりボロ家を購入したのが一昨年の8月。古いもの好きなイギリス人達でさえ、「よくこんな家に住んでいるわねえ。」とコメントするほどだ。(大きなお世話だ。)

古い家の多いイギリスでは、外観保持の制約がかけられていることが多いが、人々は外壁はそのままにして、中身を時代とライフスタイルに合わせてどんどん変えてゆく。壁をぶち抜いたり、キッチンを移動させたり、殆ど不可能なことはないようだ。金銭的に縛られていなければ。

我々だってずーっとこのままで住むつもりはなく、実は去年の6月から行動を開始したのだが、一年経った今でも何一つ変わっていない。リフォーム屋さんがいるわけでもないこの国では、遅々として何も進まないのだ。

まず改築許可。家の総容積の10パーセント以上を増築する場合などに、居住地区の役所から許可をもらわなければならないのだ。ところが、この改築許可を取るのが厄介なのだ。まず申請書に記入して、外観設計図を添えて申し込む。約8週間のうちに審査され、ご近所におふれが出される。支援してくれるご近所もあれば、いやがらせする変わり者もあり、本当は申し込みの前に、ご近所に根回しをするらしいが、初心者の我々は知る由もない。

で、見事却下。仕方がないので先方の言い分にあわせて外観を少し変更、相談窓口に行くと「いいでしょう。僕なら許可しますよ。」ヨーシと思ったら、「ただ、僕は同じ区でも担当地域が違うので、保障はできませんが。」そうだ、そうなのだ、許可するもしないも、法律があるわけではないのだ。懇請すれば、法律にしたがって審査されるらしいのだが、それまでは審査官の虫の居所次第というわけだ。

ごむたいなーと思いつつ、気を取り直して家の内部の予算作りをはじめ、ショールームを巡る日々が始まった。

先ずはバスルーム。日本だと某T社やI社が市場を牛耳っているようだが、こちらはDIYの安価なものから、イタリアのアレッシ社製のもの、はたまたフランスのアンティーク陶器やその複製など様々だ。

夫は以前、捨てられていたビクトリアン時代の浴槽を拾ってきて、修理してもらって使っていたことがあり、このスタイルに愛着があるようだ。曲線が美しく、足に彫刻が施してあって、不思議とモダンなバスルームに馴染む。ただ拾ってくればタダだけれど、アンティークなら、浴槽一つで200万円という法外な値段を付けているところもあり、四角い浴槽が4万円で手に入ることを考えると、再びリサーチの旅に出なければならない。

便器も最近はタンクを壁に隠してしまえるものや、壁掛けスタイルもあり、浴槽よりも高価だったりして驚くことが多い。これにシンク、蛇口セット、シャワーのスタイルを選ぶ。壁と床のタイルも基本の白、最近流行りのガラスやスチール調、石灰石調、大理石調とその色のバリエーションで、チョイスは無限大である。

 

灰皿?いやジェル状燃料をつかった暖炉の種類で、マントルピースの中においたり、テーブルの上に置くこともできる。

次にキッチン。先日冷蔵庫を見て回ったが、15万円から150万円まであって仰天してしまった。これにオーブンやガス台、食器洗浄器も入用だ。実は同じブランドでも店によって値段が大幅に違う。お高いハロッズでもセール期間だと、ネットショッピングといいとこ勝負だったりするから面白い。今だに続く好景気のお陰か、言い値で買うお金持ちが増えたらしい。価格破壊が進む日本に望郷の念を抱いても仕方がないか。

忘れてならないのが暖炉。70年代であろうか、人々が一斉に暖炉を見捨てた時代があったのだが、この家も然り。セントラルヒーティングが暖房の主役であるが、やはり居間に暖炉があると心が和む。

そこで目指すは南ロンドンにある暖炉屋さん。お店といっても事務所が建物の中にあるだけで、大理石製のものが物置に、鉄製のものは野ざらし状態で、スクラップ置き場のように雨風にさらされている。これらは不要になった古い暖炉が売られてきたもので、好きなものを選べば職人さんがピカピカにして備え付けてくれるのだ。

最近までは、モダンなマントルピースに偽の薪やセラミックの丸石の中身を合わせることが多かったが、今からはアンティークなマントルピースに時代は戻っていくという。でも中身をちょっとモダンにすれば(写真参照)、現代のインテリアにもぴったりというもの。

何事も選べる範囲が広いのはよいが、美的決断だけでなく、金銭的決断が大切なわけであって、頭を悩ます毎日である。嗚呼。

 

 

家の趣味と服の趣味

2004年7月

家の改修工事はまだとりかかってもいないが、プロジェクトがあまりに大きいのでキッチン、バスルームにしろ、インテリアにしろリサーチは抜かりなく・・・といきたいところ。

まず雑誌。World of Interior、House and Garden、 Home and Garden、Kitchen Bedroom Bathroom、 Kitchen Bathroom Bedroom、Bearutiful 25 Homes等々。日本のインテリア雑誌に比べて値段は手ごろだが、なんと似たような名前の多いことか。特にキッチン、ベッドルーム、バスルームと、キッチン、バスルーム、ベッドルームはどちらが先に世にでたのが知らないが、よく後続を訴えなかったものだ。蛇足。そしてどの雑誌も、「住む」というより「見せる」ための美しいインテリアを紹介し、殆どそれはアートに近い。また、日本の雑誌のようにアイテムを紹介するのではなく、テイストとか、コーデュネーションとかもっとトータルな提案をするのが主流だ。

インテリア雑誌よりも最近参考にしているのが、不動産雑誌。売りに出された家々が写真入で掲載されているのだが、高価な物件だと外見は勿論のこと、キッチンやリビングルームのアップも載って随分と参考になる。

しかし、一番参考になるのが、友人宅。そしてリサーチを進めてみて思ったのだが、家の趣味と服の趣味は別物だということだ。一部を除いて一般的に「イギリス人がオシャレ」というイメージは薄い。でも身なりに構っていなくとも、インテリアのテイストには脱帽することが多い。

まず土台となる壁の色。先日お茶をしていた時のこと、友人Aがアイボリー色のペンキについて悩んでいた。すると、いつもラベンダー系パープルを着ているように見える友人Bがきっぱりとアドバイス。ファウラー&ボウルのマッチスティックかマグノリア、フランチェスカのマザー・オブ・パールもいいわね。」これ、全部アイボリー系のペンキの色の名前である。少し、グレーがかっていたり、黄色かかっていたり、同じアイボリーでも微妙に色合いが異なる。

壁は部屋の大きな面積を占めるので、色選びは慎重にしなくてはいけない。だから、印刷された色見本だけでなく、ペンキそのものを紙に塗ったサンプルを手に入れたり、見本の小瓶で実際に壁の一部を塗ってみて、見比べなくてはいけない。部屋の向きや光の差込み具合によって、アイボリーなどのような色は様々な顔を見せるから。

先月ランチに招待してくれた友人C宅で、トイレに足を踏み入れてびっくりした。ショッキングピンク一色、ただ蛍光色っぽくなく、適度な深みが非常にいい。キッチンはモダンな白のキャビネットだが、続くダイニングには、アフリカの鉄道の枕木を使ったテーブルを据えている。大胆なインテリアを演出する彼女自身の服の趣味は普通、決して近所のベストドレッサーではないのだが・・・。

お料理とスキーが上手な友人DはいつもシェイプされていないTシャツを着て走り回っている。あるとき「うちに今来ないでね。床にペンキを塗っているの。」と言われた。しばらくして行ってみると、パインの床は一面白に塗られ、木目がうっすら浮き出ていた。インテリアも一新、既存のマホガニーの家具に、フランスのコテージ風アンティークのシャンデリアと食器箪笥を買い足した。隣町の商店街にあるアンティークショップで揃えたらしい。キッチンもブルーから白に塗り替え、戸棚の取っ手を丸いオーソドックスなものから、様々なフルーツの形をしたアルミのものに取り替えていた。

こんなアート&クラフト時代のアンティークとミニマリストなモダンティストも合わせ方次第でしっくりとゆく。

 

どれもこれも、私には目からウロコのアイデアばかり。引っ越す前に住んでいた家は私が壁の色やカーテンを選んだが、今から思えば洋服の感覚でチョイスしていたように思う。スカーフで刺し色を入れるのと、壁の一部の色を変えるのとでは、違った視点が必要とは当時深く考えていなかった。

インテリアにも歴史があり、それぞれの時代に流行があった。ファッションよりもずっと遅い速度で変わってゆくそのスタイルに、子供の頃から触れていれば、インテリアの基本というものが身につくのかもしれない。

婚礼家具のように、家具セットを買うのは容易かもしれないが、面白みにかけるし、今度は買い足して行くのが難しくなる。それよりも、個人のテイストというか、スタイルが一貫していて、同じではないのにすっきりと収まっているのが理想なのだ。

日本人ファッションデザイナーが世界で活躍しているのに、インテリアデザイナーの名前はそうそう聞かない。やはり付け焼刃では無理なのかしら・・・と思いつつ、他人の家を観察する日々である

 

田舎に住みたい!

2005年1月

外国人でもよくよく知り合えば、気を遣ったり遣われたり。同じ人間なんだわとつくづく思う。わからない人々もたくさんいるが、それは日本にいたって同じこと。でも、これだけ長くイギリスに住んでいても、この国の中にはいまだ理解しがたい価値観というものがある。その一つが「田舎への憧れ」である。

イギリス人には「田舎モノ」という観念がない。それは田舎に住むことが、素晴らしいことだから。田舎に住んでいる、特にコッツウォルドやデボンなどに住んでいると言おうものなら、「まあ、いいわねえ。」と羨ましがられること然りである。特に最近では、田舎に家を買うセレブ達に習ってか、ロンドン脱出ブームが続いている。子供達の学校でも毎年一割程度の子供達が田舎へ転校してゆくほどだ。もともと田舎に住む友人が、家の値段が吊り上って困るとこぼしていた。

ただ、イギリス人にとって「田舎」というのは出身地ではなく、美しい「カントリーサイド」であって、親元に帰るわけではない。ロンドンも東京のように地方出身者が多い。大学は地方に多いのだが、就職となるとロンドンに出てくることが多いようだ。しかし、ロンドンを「働く場所=人間にとってよい住環境ではない」としてとらえ、「理想の住居=田舎」と考える人が多い。友人の夫は警察務めで定年が50歳。それを機に田舎へ引っ越すのが待ちきれないと言う。子供はちょうどハイスクールへ上がる年だから、よい機会のようだ。

勿論子供にとって田舎の方が環境はよいだろう。家も庭も広いし、牛や馬が草を食み、なだらかな丘の連なる田園風景は情操教育にもよいに違いない。通える学校が限られるため、ロンドンほど受験戦争が激しくないという人もいる。また、子供はイギリスに多い寄宿学校に入れてしまう人もいる。それなら、電車の駅が近くになくとも学校に行けるわけである。

では、お父さんはどうだろう。知り合いで2時間通勤に耐えている人もいるが、それでも引っ越してよかったと断言する。会社によっては週に数日自宅勤務を認めるところもあるようだし、イギリスの企業はロンドン集中型でないでないので、近くの会社に転職する人もいる。起業がしやすいので、独立してしまうのも手。つまり、移住にあたって、お父さんの通勤はあまり問題にならないらしい。

でも、お母さんはどうだろう。お隣は500メートル先・・・というのは、心元なくないだろうか。それに、ロンドンにはたくさんの劇場や美術館という恵まれた文化環境がある。ショッピングも楽しい。勿体無いと思うのは私が日本人だからか。ミュージカルを観るたびに、ご近所とバスをチャーターして上京する人もいるし、2ヶ月に一度週末をロンドンで過ごす人もいるが、私にはどうも解せない考えである。

という訳で、我が家はロンドン居残り組。近くにヴィレッジがあれば十分だと思っている。ヴィレッジは直訳すると村だが、実際には八百屋さんやお肉屋さんに、おしゃれなブティックやカフェが混じる短い商店街のこと。あくまでも大型店がないこと、ごく限られた小さなエリアであることが大切で、これに白鳥の遊ぶ池や、教会があるとヴィレッジとして理想的ヴィレッジとしてポイントが高い。

サマーセット地方で滞在した家の隣にいた馬。美しい海岸線が散歩したり、子供達は子羊にミルクをあげたり・・・勿論ホリデーにはよいのだけれど。

イギリス人は田舎好きからか、ヴィレッジも大好き。田園風景に美醜があるように、イギリスには理想のヴィレッジ度を競うランキングもあるのだ。このヴィレッジと呼ばれる場所はロンドン市内にも点在して、田舎に住めないロンドナーの憩いの場所となっている。観光名所ではないが、ウィンブルドンやハムステッドのヴィレッジを訪ね、小さなティールームで紅茶でも飲めば、イギリスの田舎好きを少し垣間見られるかも知れない?

「田舎に住みたい。」この価値観を理解できないのは、一体悲しいことなのか。ヴィレッジで満足しているなどいう価値観は、田舎移住組からすれば、哀れむべきものなのか。この価値観に共感する時、きっともっとイギリスがもっとわかるかも知れない・・・それほど、イギリス人のコアにあたるものだと、私は思う。

 

 

イギリス流お隣づきあい

2005年3月

結婚してすぐロンドン中心部に住んでいた頃、近所の住人と顔をあわせることなど殆どなく、同じアパートに誰が住んでいるのか、全然知らなかった。が、郊外に越して子供が生まれると、一気に近所の友人が増え ることとなった。

イギリスでは実家に帰らないで産むので、近所で開かれているマタニティ教室に行くと、たくさんの友達ができる。一緒に生んで、一緒に育て、家族ぐるみで仲良くなるのだ。幼稚園、学校と進めば、その輪もどんどん大きくなる。子供の年齢が違っても、14歳になるとベビーシッターをお願いできるので、高校生や大学生も少しは知り合うことができる。

こういう付き合いは易しいが、難しいのがお隣さんである。「こんにちわ」だけで済んでいる間はいいが、家の増改築となると豹変するお隣さんが結構多いのだ。 ちなみに最悪なお隣さんを英語で言うと「neighbour from hell」、地獄のお隣さん・・・というわけだ。

イギリスでは築100年以上という家が多く、2−30年に一度、オーバーホールが必要になってくる。数年前に引っ越した我が家(バックナンバー参照)もあばら家同然。ボイラーの火は空前のともし火、電気配線もあやしく、お湯の出ない蛇口もあれば、雨漏りがするところもあり、窓もガタが来ているので、冬の隙間風でカーテンが揺れるほどだ。

だから区役所に増改築許可を出したのが1年半前。そしたら片方のお隣の猛反対に会った。ご主人がすごい勢いで怒鳴り込んできて、びっくりしたものだ。彼は区役所に文書で抗議し、我々の申請は却下された。

嘆いていると、こういうお隣さんは多いのだと励まされた。私の友人も増築許可の申請を出すと、お隣が「飼っているサンドリザード(スナカナヘビやハシリトカゲの種類)の生態系が壊される。」と抗議したそうである。友人も負けてはいず、ロンドン動物園の爬虫類科の専門家に会いに行き、「そのような動物はこの国に存在しない」という手紙を書いてもらって、一件落着したそうだ。

また、工事中の自分の家に夜チェックにいったら、お隣がハシゴをかけて侵入していたのと鉢合せした友人もいる。これでは、泥棒騒ぎである。

我が家は体勢を立て直し、2回目の増改築許可を出したのが去年の9月。確認しなかったのもマヌケなのだが、しばらくたって問い合わせてみると、区役所に届くまでに紛失。 (さすがイギリス!)仕方がなく再提出し、区役所の方から口頭で「今度は大丈夫でしょう。」というコメントをもらった翌日、再びお隣が文書で抗議。

去年は地下室を増築していた近所の家。今度は家の横に増築、壁をぶち抜いて部屋を大きくしたいらしい。

裁判と一緒で、取り扱い部署内で決定できないケースは建築関係の委員会に提出されるのだが、やっとのことで許可を頂いた。1年半ものバトルに終止符が打たれたのである。

ホッとしたのもつかの間、またお隣のご主人が怒鳴り込んできた。「改築によって、私の家の価値が下がるんだ!訴えてやる!」勿論、増改築許可は法に基づいたものだから、理性的に考えるとそんなことができるわけがないのだが、面と向かって言われると、結構怖かった。

お隣の奥さんはめったに顔を合わせることがないが、すれ違うと非常に申し訳なさそうな表情だ。気のせいかもしれないが・・・。渡る世間に鬼はいるのか、いないのか、このバトルはしばらく終わりそうにない。

 

 

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