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ベビーマッサージは誰のため? ベビースイミングの隠れた効果  英国お受験列車  お受験列車第二便 

クリスマスは手作りで  演劇を学問する ハリーポッターの生活浸透度 クリスマスは手作りで

 

 

 

ベビーマッサージは誰のため?

2002年3月

アロマセラピーはオーガニックオイルの出現で最近第二ブームを迎えたと言われるが、この大ブームの前から密かなブームになっているのがベビーマッサージ。実際は無臭の食用オイルを使用するけれど、同じカテゴリーに入るらしい。

ベビーマッサージはインドやアフリカでは昔から育児の一環として行われてきたが、最近のアメリカでの研究で、未熟児の体重増加や赤ちゃんの免疫向上に効果があることが認められた。アロマセラピーの盛んな英国において、少子化の波で至れり尽くせりの子育てとなればブームは必至といえる。

そう、ロンドンは少子化傾向にある。母親の年齢が少子化を余儀なくさせているのかもしれない。女性の多くはキャリアを積んでいたとか、なかなか授からなかったとかで、私の行ったのマター二テイー教室のメンバー15人のうち、3分の1は丸高(という言葉はない!)出産であった。我が家の2件先にも38歳から立て続けに女児3人を産んだ逞しい女性弁護士がいる。(ご主人は還暦はとうに越していて、私は引っ越して3年、彼女の義父だと信じていた。定年までに子供は大学を出てほしいなんて感覚はないのかしらね。蛇足。)

話を戻そう。私のベビーマッサージとの出会いはPOSTNATALクラス(近所の診療所で開かれる産後教室)であった。4月にしては暖かい日差しのその日、大きなマザーバッグに新生児を連れた母親たちで部屋はいっぱいだった。ビニールのソフトマットの上におのおの持参のバスタオルをひろげ、赤ちゃんを寝かせて、服とそして恐る恐るおしめも脱がせた。いつものへルスビジター(保健婦さんみたいな人)がベビーマッサージのビデオを上映し、私たちは見よう見まねで、手に手にオリーブ油をつけ赤ちゃんの身体を撫ではじめた。

するとどうだろう、赤ちゃんたちの気持ちの良さそうなこと。いつもなら大多数が泣き出し、おしめを替える人、授乳を始める人で、落着かない講義や談話になるのだが、1人をのぞいて赤ちゃん全員があおむけに転がされ、されるがままになっていた。リラックスしすぎておもらししてしまった子も何人かいたが。終了してからも、いつも寝なくて困る我が子は眠り続け、ほんに平和な午後であった。

思い立ったが吉日、次の日友人の紹介で、ペトロネッラというベビーマッサージの先生にコンタクトを取った。私の自宅に来てくれて1回30分10ポンド(約1700円)で、講義してくれるという。数日後彼女はバックパックを背中に自転車に乗って軽やかに現れた。

 

イギリスでの第一人者といえばピーター・ウォーカー氏。日本からもマッサージ法取得のツアーがある。

南むきの暖かな子供部屋の絨毯にすわった彼女はバックパックの中からクラシックテープの入った小さなラジカセと裸の人形を取り出し、講義がはじまった。アーモンドオイル、オリーブオイル、グレープシードオイルのなかから、アーモンドオイルを選んだ私は手にたっぷりと取り、先生が人形をマッサージするのを見ながら足のマッサージを始める。お腹から始めると赤ちゃんの恐怖心が先に立ってしまい、リラックスしてくれないとか。マッサージが終わると娘は再び3時間の眠りに就いた。

2回目は足と腕、3回目はそれに加えてお腹と背中、4回目は顔を履修し、とりあえず私はレッスンを終えることにした。毎日できる範囲でのマッサージは十分学んだと思ったからである。と言うより、私の睡眠を保証するマッサージはマスターしたと言うべきか。

5年経った今、病気一つしない娘を見ていると、マッサージは一石二鳥だったと自負する次第である。

 

ベビースイミングの隠れた効果

2002年8月

新学期を前に久々にスイミングのレッスンを予約してきた。娘2人とも「ウオーターベビー」、泳げるのだが犬掻きからの脱出が次の目標だ。

長女が初めてスイミングのレッスンを受けたのはウィンブルドンにあるリハビリセンターであった。最初の予防接種(ジフテリア、破傷風、百日咳、ポリオ等)を済ませて10日後だったから、生後9週間だった。別に障害があったわけではなない。理学療法の一環として行われるhydrotherapy(水治療)用の温水プールだと、ぬるめのお風呂ほど暖かく、体温維持のできない5ヶ月までの赤ちゃんでも30分のレッスンが受けられるのである。ちなみに普通のプールだと10分が限度と言われている。

生まれて間もない赤ちゃんをお風呂にいれたことがある方は、思い出してみてほしい。ふにゃふにゃの物体を落っことさないように、耳に水が入らないようにと、細心の注意を払い入浴させることが慣れないうちはどんなに大変か。それをスイミングなどと・・・ざんぶりと頭までプールに沈めて手を離すとは、殺人行為と思われるかもしれない。

では生後2ヵ月の赤ちゃんを水に放すとどうなるか。目を見開き、身体をくねらせ、手足で水を掻いて進む。数秒ではあるが泳げるのである。パニックには陥らない。最近まで知られていなかったそうだが、肺の上部が閉じ水を食道へ迂回させる気管保護反射、加えて潜水反射等、原始脳に司られたこれらの働きにより、息を止めて水中を進むことができるのである。5ヵ月ぐらいを境にこの反射は後退し恐怖心が芽生えてしまうらしいが。羊水の中の記憶であるのか、進化過程の忘れ物なのか今のところ解明されていないが、科学的にベビースイミングは可能なのである。可能であるばかりか脳の発達、呼吸器系や筋肉の強化といいことずくめという。

さてプールで待っていたのはインストラクターのローレン・ヘストン。BBCの番組やコマーシャルなど「泳ぐ赤ちゃん」を」撮影する時には必ず登場するベテランダイバーと聞いていたが、栗色の長い髪と長い足が印象的な美人あった。2ヶ月から8ヵ月ぐらいの赤ちゃんを連れた母親たち5人は皆初めてのレッスンに緊張気味であった。赤ちゃんを抱っこして水のなかで少し飛び跳ねたりして、楽しい雰囲気をつくることからレッスンが始まった。

「READYGO!(用意、スタート)」の合図で赤ちゃんの顔に水をかける。泣く子もいるが笑う子もいる。さまざまだが、ここで顔をひきつらせている親が微笑むように促される。赤ちゃんに親の恐怖や緊張を伝えないようにという配慮からだ。次に水面で仰向けにした赤ちゃんの頭を後ろから優しく支えて浮く練習。ローレンが赤ちゃんの頭を手前にした格好で、後頭部を片手で持ちプールを後ろ向きにジグザグに進む。赤ちゃんの身体は左右に大きく水面で揺すぶられる。そのダイナミックな動きに我が子はきゃっきゃとはしゃぎだした。一回目のレッスン終了。

2回目のレッスンから水中に潜る。親は腕を伸ばして赤ちゃんを向き合うように抱っこし「READYGO!」の合図で水中をくぐらせる。1秒半ぐらいの時間が妙に長く感じられるが、親の心配をよそに案外と泣く子は少ない。水が顔にかかるなどと文句を言う年齢にも達していないのだ。

ローレンのクラスの後、アクアトッツで泳げるようになるまでレッスンを続けた。

家でも入浴時に同じ掛け声をかけては頭からお湯を浴びせる。3ヵ月ほども経つと、「READYGO!」というと赤ちゃんが息を止めるのが手をとるようにわかるようになる。お座りもできるかどうかという子がわずかに下唇を噛み水に備える様子は、脳の発達を見るようで興味深い。10ヵ月を超えると言葉の理解がより明らかになり、「READY SPLASH(用意、飛び込み)」と掛け声をかけるとプールの端にお座りした赤ちゃんが臆することなく水に飛び込むようになるのである。何度も何度も。

ベビースイミングといっても実際に泳げるのは2歳以上であり、それまでは技術というよりはwater safety(水による事故を防ぐための訓練)を目的としていることが多い。飛び込んでは向きを変えてプールの端に掴まる練習などが代表的なものだが、子供の進歩は時にゆっくり過ぎて親が中だるみしてしまうこともままある。

それでも2歳半近くになると、泳げる・・・というか溺れなくなった。これは大きい。身体が丈夫になるようにという一心で続けたが、ほかにもどうやら利点はあるようだと最近気づいた。娘を水面で仰向けにし「動いちゃダメヨ。」と言うと、そのままふわふわと浮いている。水に対する恐怖心の無さから、真水に浮くことができるのである。浮遊療法というのをご存知だろうか。カプセルのような浴槽の中で高塩分のぬるま湯に浮きながら照明を落とし音楽を聴くというもので、ストレス解消に抜群の効果をあげるらしい。そんな話題を耳にすると あるかなしやのストレスをプールで発散できる我が子を羨ましく思う私である。

 

英国お受験列車

2002年11月

先日、近所の私立小学校を見に行ってきた。 うちの長女は既に1年生だが、来年にもお受験があるので、その下見なのである。 よりぬきの優等生たちが学校を案内してまわる。礼儀正しく、堂々としていて、とても11歳とは思えない看板娘たちである。

イギリスのお受験は胎児の時から始まる。というのも小学校入学時は選抜式でなく、登録式・・・早い者勝ちが多いからである。そうなると、9月生まれ(日本でいう4月生まれ)が有利になるからか、名前のついた胎児なら受け付ける学校も存在するのだ。

我が家の長女は生まれてしばらくも名なしであったし、カナダ人の夫も私も無知でのんびり構えているうちに、受験戦争はおろか受験列車に乗り遅れてしまった。

外国人にとって学校体系が難解なのも一因である。一般的に女子も男子も、4歳でレセプションと呼ばれる学年に入学なのだが、卒業が女子11歳、男子13歳と違ってくる。それだけではない。女子は7歳(2年生)、男子は8歳(3年生)までで終わってしまう学校もある。それはこの学年で第二のお受験(選抜式)となるからで、これらはお受験専門の学校なのである。

第三の受験でハイスクールへ進学すると、16歳までが義務教育。その後シックスフォームと呼ばれる学校に進む。これは高校に付属の場合もあるし、カレッジと呼ばれることもある。日本の教養過程のようなものだろう。そして大学受験はここでの成績に大きく左右されるのが日本と違う。

ところで、お受験小学校とはPreparatory School (=Prep School)と呼ばれ、塾に行かずとも受験指導をしてくれる。超一流校を高望みしない限り、家庭教師はつけないようだ。ただ、学校での模擬試験で飽き足らない人々は、志望校に入れるかどうか、アセッサーに診てもらう。学力診断をしてくれる人なのだが、優秀なアセッサーの予約は数ヶ月待ちとなるというから、イギリス教育ママの熱心さが伺えるというもの。

さて、受験列車に乗り遅れた我が子の登録開始は15ヶ月の時。焦った勢いで四校に登録したが、徒労と捨て銭に終わった。一校目は早い者勝ちでなく、抽選。20分の一の確率と、競争率が高く、勿論ハズレ。二校目は登録したものの、ミックジャガーの子供などが通うセレブ学校と判明、身の程知らずとご辞退させて頂き、三校目も人気校、登録料損に終わった。

私の友人も一人目の出足が遅く失敗。二人目こそと、ロンドン一の私立校に、誕生後4日で登録したが、ウェイティングリストの憂き目にあった。早ければいいと言うわけでもないのだ。なぜか・・・多くの学校は兄弟を優先して入れる制度があるからだ。一学年20人枠のうち、19人まで兄弟姉妹で埋まってしまったという。

この兄弟優先制度は非常に合理的である。学校は公共交通手段をまったく無視して作られるのか、不便な立地が多いのと、アメリカほどではなくとも、ロンドン市内では通学の安全性が疑問だからだろう。スクールバスを出す学校もあるが、徒歩圏内でなければ、殆ど親の車で送り迎えとなる。始業終業の時間は似たり寄ったり、兄弟は一つの学校に行ってもらわないと、物理的に無理がでてくるのである。

我が家?まさか・・・こちらの小学校は人家を改造したものが多いのである。

 

話を戻そう。結局我が子は四校目、とあるお受験校に無事入学。こちらの学校にしては珍しく、60人も枠があったため、救われた。男子は8歳、女子は11歳までいられるが、途中受験して総すかんであれば出戻れるという、寛大な学校である。それに、第一志望ではなかったにしろ、親の苦労を知ってか知らずか、子供は毎日喜んで通っている。結果オーライである。

しかし、どうしても第一志望に執着する親もいるらしい。学校によって入学許可を出す時期が異なるのがたたって、スコットランド人の友人夫婦に悲劇が起きた。

登録は三校したが、入学は確定でなく、全てウェイティングリスト。ロンドンでもコスモポリタンな地区では、国内外の人の入れ替わりが激しいので、リストの上位にいれば、絶望ではない。まず、第三志望校から入学許可が届いた。枠を確保するため、要求された一学期分の学費全額を支払い、これで一安心である。ところが半年後第二志望校から入学許可が下り、また小切手を切った。そして入学一ヶ月前、第一志望校から連絡がきたのである。

制服を既に揃えていたかどうかは、気の毒で訊くことをはばかられた。学校もビジネスがお上手である。

 

お受験列車第二便

2003年9月

9月はじめに新学期が始まると、年末年始に行われるお受験の追い込みが始まる。お受験列車第一便に乗り遅れた我が家としては(バックナンバー参照)、今度こそ!と、長女は夏休みの最後の一週間、短期講習でまずウォームアップ。

一足早いスタートをきったと内心喜んでいたところ、講習最終日の先生と会話が以下の通り。

先生:「夏休みの間に掛け算をさせなかったんですか?」私:「2と3と5の段は覚えつつありますが。」 先生:「そうですね、12の段までさせると、算数の問題を違った角度から解くことができますから、有利ですよ。」断っておくが、わが子は日本でいう1年生、たったの6才である。私:「で、総合学力的にはどうでしょうか?」先生:「お宅のお嬢さんは椅子に座っていられないし、おしゃべりが過ぎます。学力以前の問題です。」だから、まだ6歳なんだって・・・・・。

可哀想にと思う気持ちと、焦りの気持ちがないまぜになっていると、学校が始まり、学習目標に関する手紙が届いた。繰り上がりのある足し算や引き算は勿論のこと、掛け算そして余りの出る割り算まで勉強するそうだ。さすがお受験校である。入学した時には、こんなに大変になるとは夢にも思わなかった。

さて、算数のクラスは能力別、猛スピードで進んでゆく。だから、習ったことを定着させるか否かは、実は親にかかっている。例えば、九九。学校の算数の時間だけではマスターできる筈もない。その上、英語には九九はない。Four Four is Sixteenなど、語呂になってないから、非常に難しい。力ずくで丸覚えするしかなく、大人になって九九が怪しい人が出てくるのもうなずける。

小学校低学年の英語(国語)は、1対1の音読が中心。英語のスペルには例外が多く、日本語のように平仮名が読めれば教科書が読めるわけではないからだろう。18人のクラスを先生と補助の先生で、順番に4-5分づつ個人の能力にあったテキストを読んでいくのだ。早い子は6-7歳でハリーポッターを読むという。それからスペリング。アルファベットを学んだ後は、テストで綴りを覚えてゆく。漢字のように、書き順とか、止め、はねを教室で習う必要はないのだ。

そして、今学期のみ、水曜日の始業前には受験対策としてリーズニングの課外授業があり、お受験学年の9割方の子供が参加する。リーズニングとは推理力とでも訳そうか、知能テストのようなものらしい。例えばTABLEのコードは12345とすれば、TALLをコードで書くと1244となるわけだ。他には、AさんとBさんはピアノが好き、BさんとCさんはリンゴが好き、CさんとAさんは犬が好き。では、ピアノと犬が好きな子供は誰でしょう?といった具合。

しっかり学校で勉強して帰ってくると、たんまりと宿題が待っている。月曜と木曜日が算数、火曜日が英語、週末はリーズニング(推理力)の宿題が各々20分。月曜日と木曜には10こづつ単語のテストがあるから、それも準備する必要がある。これに加えて音読が一日20分。

 

学校では遊ぶ時間がたくさんあるらしいのだが。

様々な宿題をこなしている合間に、面接の練習もする。「何をするのが、好きですか。」はよく出る質問なのだが、「私は自転車に乗るのが好きです。」だけでは、バツ。なぜ好きなのか、自分をプレゼンテーションできなければ、高得点は望めない。また、描写力を試す質問もポピュラーだ。例えば、「レンガを描写しなさい。」 シンプル過ぎて、描写の難しい意地悪問題が多いと聞く。

これだけでも大変なのに、公文式と補習校の宿題がある。母の私は鬼のようである。朝7時過ぎに起きて、7時半から8時までひたすら勉強。補習校も2学期となれば、作文、漢字、カタカナも出てくる。今週の音読は数え方。「お皿は一枚、鉛筆は一本・・・」といった具合なのだが、「よんぼん(四本)」とか「ろくひき(六匹)」になってしまう。バイリンガルになるって、本当に難しい。

横道に逸れてしまった。せめて、一時間くらいは遊ばせてやりたいが、なにせ就寝時間が7時半。帰ってくるのが4時近くだから、分刻みで、すべてをこなしてゆく。我が家の寝る時間が特別早い訳ではなく、こちらの子供は7-8歳まで大体7時半から8時半の間に寝る。低学年は7時から7時半の間に寝かせること、とか、週日のバースデーパーティーは慎むことなどと、お達しを出す学校もあるほどだ。

1月初旬の受験終了まで、数ヶ月。こちらでも燃え尽き症候群は存在する。夜尿症やチックになる子供も出るらしい。先日我が娘が言った。「マミー、どうして最近一週間があっという間に過ぎていくの?」10年早い台詞に心が痛む。

長女のクラスメート二人はこの受験の重圧を避け、先学期末に転校していった。転勤などで入れ替わりが激しいロンドンでは、転入できる学校が結構あるらしい。やれやれ、今度は臨時列車に乗り遅れてしまった。

 

英国式自尊心の育み方

2004年1月

日本人にどんな子供を育てたいかと問うと、ほとんど「迷惑をかけない子供になってほしい」と答えるという。英国で同じことを問うと、「自尊心を持つ子供」という答えが多い。

英和辞書を紐解くと、selfで始まる言葉は5ページにも及ぶ。自己を中心とする言葉がどれだけ豊富か、自己というものがどれだけ尊ばれているかを示すものであろう。その中でも、人々の関心はself esteemに注がれる。自信というより、自尊心である。

最近BBCで、子供の自尊心をテーマに4年もかけて製作された番組があり、興味を持ったので、先週近所の学校でこの「自尊心」をどう育てるかというセミナーに参加した。始まりは午後7時過ぎ。2割ほどの割合でパパの参加もあった。実は先生との個人面談なども、夫婦揃って・・・が殆ど、夜7時頃から始まり、ホールでは往々にしてワインが振舞われる。このセミナーでは、ワインだけでなく、おつまみも出て、和気あいあいの開始となった。

講師はカウンセリング・コンサルタント。ケース・スタディのほか、ディスカッション、思春期のホルモン状態や怒りの構造の科学的な説明などもあって、2時間半があっという間に過ぎてしまった。

自尊心が低いとどうなるか?それは「あなたは素晴らしい,私はそうじゃない」という視点と結びつく。自尊心が高いと「私は素晴らしい, あなたはそうじゃない」。つまり、自尊心は高くとも低くとも、健やかな精神生活に支障をきたすという。目指すは「I'm OK and you are OK」。セミナーはこれに終始した。

セミナーの内容はさておき、驚いたのは、親たちの参加態度。親なら子供が可愛いし、上手に育ててやりたいと思うのは、洋の東西を問わないと思う。でも積極的にワークショップで発言するのは、西に軍配があがる。始めに「自尊心とは何か」「自尊心を傷つける可能性があるのは何か」などを話合い、模造紙にまとめていくのだが、自分の意見が取り上げられないと、執拗に発言を続ける母親もいて、喧々諤々であった。

横道にそれた。今までは、自尊心を高めることがよしとされてきたようだ。小学校低学年なら、体育の時間でも、音読の時間でも、よくできると胸にシールを貼ってくれる。簡易な勲章のようなものだ。表彰状の類も多いし、何せ皆子供を褒めるのが上手い。日本語にすれば「よくできました」か「大変よくできました」。でも、英語にすれば「Well Done」をはじめ、「Perfect!」 「Brilliant!」「 Excellent!」「Fantastic!」等々。蝶よ花よと褒めちぎる。 

褒めることに何ら問題はないのだが、最近カリフォルニアで自尊心を高める教育を行ってきた結果、社会に悪影響が出るという研究結果が出たらしい。自尊心が高いと、麻薬他危険なことに手を出したりするらしい。つまり、自分にパワーがあることを確かめたい傾向になり、いじめっ子もこの類とか。将来は、政治家や法廷弁護士になる人が多いという。

どちらを見ても競争だらけの人生。(写真は運動会のスプーン&卵のレース)

 

自尊心が低いと、これまた問題だ。自分に自信がないのは勿論のこと、環境の変化に対応できなかったりする。ティーンエイジャーの妊娠はこのタイプが多いそうだ。就く仕事は看護婦が多いという研究結果が出ているらしい。

さて、講師の人が話しを続ける合間にも、どんどんと手が挙がる。親も人の子、私を含め皆暗中模索で子育てをしているのだろうけれど、答えを見つけようとする気持ちの強さからか、本当にたくさんの質問や意見が出た。例えば、「怒る時には、出来不出来に関わらず、ベストが尽くされたかどうかを基準にします。」とハッキリ言い切るお母さんもいた。健全な自尊心を育むヒントは講師からだけでなく、活発な発言の中にたくさん隠れていた。

とどのつまりは、アイデンティティ。現代社会でならった自己同一性こそが自尊心なのだ。競争や失敗、いじめ、環境など自分の外側を切り離し、自分を見つめて評価できる子供が素晴らしいという結論。でも親の自尊心もしっかり頭を冷やして考えなくては・・・と、つくづく思った夕べであった。

 

誕生日は大盤振る舞い

2004年2月

今年も娘達のバースデーパーティを終え、ホッと一息ついている。子供たちは楽しみにしているとはいえ、親にとっては頭痛の種。人気のエンターテイナーの予約は数ヶ月前に入れなければならないし、大出費と準備万端で臨まなければならない大イベントなのだ。

現在通っている学校では、パーティをするなら全員呼ぶというのが暗黙の了解。一年目、知らずに女の子だけ招いて少しバツの悪い思いをした。だから我が家はクラス全員(今年は16人)をお招きした。それに近所のお友達も呼ぶから、大変な騒ぎとなるのだ。勿論、パーティをしないという人もいるし、少人数だけ招くという人もいるが、なかなかNOと言えないのは、日本人であるが故なのか。

とにもかくにも、子供が生まれてからというもの、娘の友達のパーティを見よう見真似して、今まで誕生日パーティと悪戦苦闘してきた。

先ず、1−2歳の誕生日。呼ぶのは近所のマタニティ友達連中。こちらでは、お里でお産をせず、住んでいるところで産むのが一般的、近所で開催されるマタニティ教室でのお友達と、とても仲がよくなるのだ。大体産み月が2ヶ月以内でマタニティ教室が開かれるから、自分の子供の誕生日前後2ヶ月は、凄まじい勢いでパーティに呼ばれる。

1−2歳であればゲームもまだできないから、主役はママ達。子供たちはおもちゃと、ビスケットでOK。でもママには昼間から、ワインとちょっとしたおつまみでおもてなしをする。

3歳はバースデーパーティのソロ・デビュー。特に親離れしていない子供を除き、親の同伴なしが一般的のよう。こちらでは2歳半でナーサリー(幼稚園のようなもの)が始まるので、ぐっと社交範囲が広まり、招く人数が増えるとともに出費もかさむ。

勿論、倹約方法もある。パーティは一年おきという家庭もあるし、合同パーティをするのも手だ。長女が2歳の時は5人で大きなホールを借りて盛大なパーティをした。同じマタニティ教室だと、招く人も誕生日も似たりよったりだから出来たことなのだが、楽チン&安価なパーティとなった。

もしくはママ&パパが自らエンターテイナーと化すのも一手である。ちなみに平日の夕方でも、子供の誕生日を理由に父親が会社を早退するのは許容範囲のようだ。椅子盗りゲームや、福笑いのようなTail of the donkey(熊のプーさんにでてくるイーオの尻尾を目隠しをして貼るゲーム。)など、汗だくになって子供たちを楽しませる。とってもポピュラーなゲーム、Pass the parcelなら、準備も不可欠。これは輪になって大きな包みを音楽とともにお隣に渡してゆき、音楽が止まった時点で包みを開ける。この包みは幾重にもなっていて、一皮むく度にチュッパチャップスなど小さなプレゼントが出てくる仕組み、最後の包みは大賞となる。

ゲームが終われば、お食事。ハムサンドにジュース、ポテトチップス、小さなソーセージ、スティックサラダにフルーツと至ってシンプルだが、数が数だけに大仕事となる。勿論主役のケーキは、手作りとなれば大儀である。

それに、ゲームがうまくできなくて泣く子が出たり、一人がお手洗いに行くと全員が行きたくなったり、苦労が絶えないので、4−5歳ともなれば、親も懲り懲り。屋内の遊戯施設を借りたり、ロンドン動物園でのツアーを予約したり、はたまた自宅やホールでエンターテイナーを招いたり、とバラエティが突然広がり、出費もうなぎ上りとなる。

丸型とパウンド型で作ったポカホンタス・ケーキ。粘土のようなアイシングと羽飾りを作った力作!

6−7歳では、インストラクターを招いてダンスを習ったり、DJを呼んでディスコを開いたり、クラフト講習で図工をしたり。その他、ロッククライミング、スイミング、メイクアップパーティなど、テーマも出費も限りがない。

8歳以上となると事情は一変。温室のような我が子の学校でも、クラス全員ご招待ルールが緩和されるようだ。ミュージカルや映画、子供向け演劇など少人数、ハイクオリティのパーティとなる。

今年我が家は近所で人気のエンターテイナーを招いて、長女はポカホンタス、次女は妖精パーティ。4時間もかけて、家の中をワンダーランドに変えてしまうのがウリだ。男の子は平服だが、女の子たちはドレスアップといって、テーマにあったコスチュームで出席する。ところが妖精ドレスは定番だが、手持ちのインデアン・ドレスは安物のヘロヘロ、みっともない主役になりそうだった。でも新調せず、羽飾りなどを手作りしてクラスアップ。倹約を図ったつもりだったが、焼け石に水、結局大盤振る舞いとなった。

今日、長女はボーリング・パーティへ招かれた。再来週は陶芸パーティに行く。イギリス人のパーティ好きは親の出費の上に培われるらしい。

 

 

演劇を学問する

2004年6月

知り合いの坊ちゃんが奨学金入学で名門校に入ったので、ご近所ではちょっとした噂である。私学の授業料は日本に比べ高いので、「いいわねえー。」とため息の一つもでてくるもの。

  しかも奨学金は「ドラマ(=演劇)」枠。つまり勉強はともあれ、演劇界への将来が見込まれたのだ。イギリスには勿論成績優秀者のための奨学金もあるが、その他にピアノや声楽など、専門的な奨学金枠があるのだ。

入学先はラチマーと呼ばれる学校で、もともとドラマに力を注ぎ、ロンドン市内の学校にしては大きな講堂を持つ学校だ。そして、ノッティングヒルの恋人やラブ・アクチュアリーに主演したヒュー・グラントの出身校でもある。ヒュー・グラントはラブ・コメディーのちゃらけたキャラで売っているが、実はこの名門高校を出て、オクスフォードでドラマを専攻した人である。今回のドラマの奨学金にも多額の寄付をしていると聞く。大学の授業料は日本の国立並みだから、親に私立高校に行かせる資金力がなくても、これで将来の道が開かれるわけだ。ちなみにハリー・ポッターの3人の子役もみな私学に通っているらしい。 

イギリスはシェイクスピアの国だからだろうか、ドラマはとっても大切な「科目」である。小学校を入学したら、算数、国語、理科、体育などと並んで、「ドラマ」の時間がとってある。成績表もあり、即興力、せりふの読み、パントマイム、空間の使用能力などについて評価されるのだ。今年長女はH.W. Longfellowが書いた「Hiawatha」という叙事詩の即興を中心にドラマを学んだと注意書きがあったが、私にはどんな詩をどのような授業形式で教わっているのか、まったくのチンプンカンプンである。お国柄とはこういうことかと、今更ながら思う。

イギリスでは、義務教育は13年生(16歳)まで。この後2年間Aレベルという、日本の高校と大学の一般教養の間ような教育期間がある。科目を3つ選んで勉強するのだが、この結果が志望大学に入れるかどうかの、大きな鍵を握る。そして、このAレベルにも演劇の科目があり、数学と歴史とドラマを専攻・・・などということも大いにアリなのである。

こうやってイギリスの役者は「演技」を学問として極めて、その道に入ってゆく。アメリカのハリウッドでは、スカウトベース、天性の演技力で役をつかんで成長していくのが多いのとは非常に対照的なのである。日本とも役者になるプロセスは、随分とイギリスと違うようである。

学校だけでなく、演技と歌を習うお稽古もとってもポピュラーだ。ピアノやスイミングを習う感覚で通う。夏休みなどの長期休暇では、一週間の集中キャンプなどもあり、その人気のほどが伺える。こうして「演技」を習った子供たちは、学芸会で大いにその成果を発揮するのだ。

「自分以外になりすます。」という演劇の一面を考えると、先日我が子の通っている小学校の2年生が体験した「ヴィクトリア・デー」もドラマっぽい。ビクトリア調の仮装をして登校し、当時の教科書と石版を使って勉強をしたらしい。先生も照れずに仮装、ムチを持って登場した。

ヴィクトリア時代の衣装に身を包み、石版に字を書く。これも見方をかえればドラマな環境である。

「Children are to be seen, not to be heard.(子供は姿を見せても、音をたてざるべし。)」 や、「 Children do not speak unless spoken to.(自分から口を開かざるべし)」などと、ビクトリア時代のモットーのもと歴史を学び、ビクトリア時代の子供になりすました。

日本では大学に能学科や歌舞伎学科があるわけでなく、まして東大や早慶出身の役者さんは少数派だろう。それより役者業と学問というのは同一線上にないという見方が一般的ではなかろうか。勉強は落ちこぼれだけど、スポーツ万能・・・といったような。

最近では「ラスト・サムライ」で、渡辺兼の好演を誇らしくも思ったし、イギリスのやり方が一番というわけではない。ただ、役者を育てるという目的以外に、学校でドラマを学ぶというのは、大切なような気がするのだ。日本人が不得手な自己表現を学ぶのに、もっとも効果があると思うのだが、いかがだろう。

 

 

ハリーポッターの生活浸透度

2005年10月

 

 

今年はダブル・ハリーである。今までは新刊本か映画のどちらか・・・こんなことをしていては、 ダニエル・ラドクリフが大きくなっちゃうわよ〜という周囲の願いが通じたらしい。

我が家では7月、夫が早速「ハーフ・ブラッド・プリンス」を買ってきた。再び7センチはあろうかという分厚い本だ。半日で読んでしまった夫を尻目に、一体いつ読み終えられるのかしらと不安がっていたら、たまたまエールフランスがトロント、ピアソン空港の滑走路をオーバーランした事故の影響で、空港に8時間近く閉じ込められたので、読破することができた。ちょうど夫の里帰り先からロンドンへの帰途に着いたところだったのだが、何とか時間をもてあまさずに済 み、ハリーの様様である。

さて、すっかりイギリス文化に溶け込んでしまったハリー・ポッター。なぜか、キャラクターグッズは少ない が、その生活浸透度はかなりのものである。

日本の学校から見るとハリーの生活はすべてが珍しいのだろうが、実はマジカルな側面を除き、学校生活の大部分は現在のイギリスのそれに近い。だからこそ、イギリスの子供たちは自分達の学校と重ね合わせることができるのだ。

例えば全寮制の学校。大航海時代、海外に駐在するフランス人がその子女教育のためにフレンチ・リセを世界中に作って本国と同じ教育レベル誇ったのに対し、イギリス人子女たちは本国の全寮制学校に 送り込まれるのが伝統的であったといわれる。現在でも英国の全寮制学校の数は700以上を数え、王子達が通っていたイートン校を始め、創立数百年の有名校が多い。ま、蒸気機関車で学校に到着することはないが。

そんな全寮制校をもとより、イギリスの学校ではラテン語を学ぶことが多い。(殆どの男子校では必須)ラテン語はこちらでは、漢文にあたるといったらいいだろうか。ヨーロッパ文化の底辺を担う言葉 だが、英語と比較すると非常に複雑な言語なため、倦厭されることが多いのが実情だ。しかし、ハリー・ポッターの魔法の呪文はすべてラテン語。子供たちの苦手科目 を身近にした功績は測り知れない。勿論、小説自体もラテン語に訳されている。

そして何より、ハリーポッターによって導入されたのはハウス制だろう。第一巻でホグワーツに到着した生徒たち を、しゃべるソーティングハット(分類帽子)が一人一人、グリフィンドー、スリズリン、ハッフルパフ、レーベンクローというハウスに割り振るのを、覚えていらっしゃるだろうか。 ハウスは自分達の寝泊りする寮であり、学年を超えたグループを形成するものだ。

アメリカのフラタニティーに相当する、このハウスへの帰属意識というのは非常に強力で、生徒達に健全なインセンティブを与えるからか、ここ4−5年、全日制の学校でもこのハウス制を用いるところが急増した。 時代逆戻りの感もあるが、子供たちにウケルという事実がそこにある。

声変わりしたダニエル・ラドクリフを始め子役達は育ってしまう。早急に全巻映画化しなければ!

 

ハウスの名前は英国の詩人や、作家、偉人、動植物の名前など様々。入学とともにハウスに入り、ハウスポイントをためて年度末に与えられるハウス杯を勝ち取るために競う。

ハウスポイントのあり方はまったくハリーポッターの世界と同じである。親切をしたり、テストで高得点を取ったり、いい作文を書いたり、何でも、「いいこと」をすれば与えられる。そして50点で銅賞とか、一定のポイントを集めると表彰されることもある。 ただ減点はない学校もある。

毎日の積み重ねのほか、盛り上がるのがイベントである。 クィルディッチに相当する運動会や水泳大会では、ハウス意識が盛り上がりに盛り上がる。学年の壁を越えることで、子供たちは何か大きなコミュニティを感じるようだ。

親にお尻をたたかれるからでなく、自ら頑張ろうとする姿勢は美しい。ハリー・ポッターの功績に感謝したい次第である。

 

 

 

クリスマスは手作りで

2005年12月

クリスマスまで後一週間!子供達も休みに入り、家の中はどこもかしこもクリスマスの飾りで一杯・・・その多くは手作りのものである。

もともとイギリス人というのは手工芸(クラフト)が好きである。クリスマスの飾りつけは日本の門松のように、決まり やしきたりがあるわけでもないので、ここぞとばかり頑張るようだ。お察しの通り、イギリス人は器用さで知られている人種ではなく、よ〜く目を凝らしてみると、細部は結構雑だったりするのだが、そこはアイデアで勝負!であって、ワザではないのだ。何につけても、慣わし やクオリティに縛られ勝ちな日本人の私には、本当に感心させられることが多い。

待降節(クリスマス前の4週間だが、実際には12月1日に始まるとすることが多い)が始まる前日、学校のクリスマスバザーのお手伝いで、あるお宅に伺った時のこと。目の覚めるようなショッキングピンクの高さ50センチほどのクリスマスツリーが2本、暖炉の上に置いてあった。飾りは長さ7センチほどの紙で作った色とりどりのスリッパ。先が尖っていて、形がとてもエレガント、甲のところには様々なビーズやリボンがつけ られ、グリッタージェル(光る細かい粉の入ったペン)で、数字が書かれている。スリッパの中に小さなチョコレートが ちょこんと入っていて、アドベント・カレンダー(待降節カレンダー)だということが一目でわかった。

アドベントカレンダーとは、元来ならばクリスマスまでの一日一日、ちいさな窓を開けると、宗教的もしくはクリスマスにちなんだ絵に、多くの場合チョコレートが隠してあるもので、「も〜いくつ寝るとお正月」ならぬ、クリスマスを指折り数える子供達にはなくてはならないツールである。我が家はスーパーで買ったもので済ましているが、イギリス人の母はここでも力を発揮するらしい。

同席していたあるお母さんは、木の枝を銀色のスプレーで色づけし、チョコレートとともにクイズをつるし たアドベント・カレンダーを毎年作るのだと話してくれた。答えが出せれば、食べてもいいというわけだが、4週間分のクイズを子供の年齢にあわせて考え、飾りつけるのだから、頭が下がる。

しかし、思い立ったらアーティストになれる環境にも言及したい。クラフト好きなイギリスでは、東急ハンズに行かずとも、色紙、モール、発砲スチロール、フェルト等々、クラフト用品が豊富で、容易に手にはいるようになっている。再び言いたいのは「刺繍」とか、器用さが要求される分野ではなく、あくまでも「アイデア」で勝負がつく分野を応援するものが多い。

こういった素地は子供の頃から培われているようだ。子供達は誕生日会でTシャツを装飾したり、陶芸教室でマグカップに絵を描いたりする機会に恵まれる他、夏休みなどアートキャンプに参加すれば、一日中コラージュやデッサン、粘土細工など様々な芸術の表現方法を学ぶことが当たり前になっているのだ。我が家の近所でもお母さんが営む絵画教室をはじめ、子供向け陶芸ショップ、アート教室がわんさとある。

リースももみの木やヒイラギにこだわらなくとも、シナモンをつなぎ合わせたり、六角をつかったり、守らなければならないルールはない。

 

また、我が子供達の行っている学校でもクリスマス・クラフト・デーなるものがある。午前中に4つ、午後に2つ、テーマを与えられてクリスマスにちなんだ作品を作る。決まった時間内に作品を完成させるわけだから、実はプレッシャーが高く、マミー達(お母さん達)は助っ人に借り出される。そういう私もその一人。今年、長女の学年ではフェルトで星やら天使やらを2枚切り取って縫い合わせツリーの飾りを作るコーナー、次女の学年はサンタやらツリーやらのスタンプを使って、ラッピングペーパーを作るコーナーの手伝いであった。その他、絵を描いたジャムの空き瓶にロウソクをいれたランプの製作、厚紙の箱を装飾したギフトボックスの製作など、よくぞこれまで!と思えるくらい様々なクラフトのオンパレードであった。

こんなことを幼稚園から毎年繰り返すのである。素晴らしい邸宅に住んでいる我が友人いわく、「うちのクリスマスツリーは、インテリア・デザイナーが見たら卒倒するくらい、ガラクタがいっぱいつるしてあるけど、それが一番なのよね。」これはイギリスのどの家庭にも言えることだ。

もちろん我が家も例に漏れず、満足顔の子供の「芸術作品」だらけ。私もその手伝いなんぞしているから、サイトの更新が遅れたのだが、クリスマスなのだ。ここはひとつお許し頂きたい。 皆様よいお年を。

 

 

 

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