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英国式大晦日の過ごし方 子連れスキーは体力への挑戦  英国的休暇-ランドマークトラストI 

英国的休暇-ランドマークトラストII  子無しスキーへの備え方 英国式ピクニックの勧め 非日常で若返る イギリスが見えるスポーツ  シェイクスピアの国の演劇事情  キャンプしながらオペラ鑑賞

 

英国式大晦日の過ごし方

2002年2月

イギリスでは(そういえばアメリカででも)クリスマスは家族と、大晦日は友人達と過ごすのが常のよう。そして新年を祝うのは大晦日の除夜の鐘時、蛍の光が定番サウンドである。今年我々はアスコットに近い友人宅にてパンクパーティーの年明け。当日は朝から「衣装作り?」に力が入った。まずはパーティー大好き友達(彼女も二児の母)に電話。カツラやそれっぽい皮ジャン等をゲットし、夫を解決、娘達を連れて安モノアクセサリーショップへ。

日本でも昨年公開された「ブリジットジョーンズの日記」という映画で「情婦と牧師」をテーマにしたパーティーのシーンがあるけれど、こちらでは大人も子供も楽しめる遊びの一つである。ま、ハロウィーンのようなものと思ってもらって差し支えないでしょう。

私はパンクから程遠い趣味の人間だが(念のため)、髪は逆立ててグリーンのスプレーを吹き、鋲付きベルトを締め、バラの刺青のシールを腕に貼り、編みタイツに黒のブーツのいでたち。そして3ミリほどアイライナーを描き、鼻にネイルアート用ラインストーンのシールを貼っての登場(仮装出費12ポンド!)。

勿論パーティーによっては白けている人たちもいて、マジメに遊んだ者たちが浮いてしまうことも。以前、アメリカのバーモント州のホテルのパーティーで、メドウーサ(髪の毛が蛇でできている神話上の人物)になるため細長い風船を30本も膨らまし、結局だれも仮装してなくて骨折り損をしたことがある。

でも今回はご覧の通り!再度念のために言っておくが、バックグラウンドからも察せられるように、フツーのお宅であり、オーナー夫婦もゲストもキャリアバリバリの人達である・・・お見事。

 国旗のユニオンジャックとカラフルなカツラであっという間にパンクの出来上がり

 

マルガリータに始まり、シャンパン、着席してのディナーではワイン、カウントダウンではまたシャンペン。帰宅は3時を過ぎ、待っていたベビーシッターに支払いを済ませ・・・気が付いたら朝であった。

頭痛の治まった元旦の昼過ぎに再びシャンパンを開けた。今度はおせちである。オトソがないので、いつもシャンパン。伊達巻屋さんを開こうかと思ったくらい会心の出来の伊達巻を5つも平らげた3歳の娘に驚きつつ、2002年が始まったのである。

 

子連れスキーは体力への挑戦

2002年5月

3月30日からフランスはヴァル・ディゼールへスキーに行ってきた。標高1850mに位置し、お隣2100mにあるテイーニュと共に春スキーでも質、量ともにいい雪を約束してくれるポピュラーなリゾートである。

イングランドは平らすぎて雪は殆ど降らない。だからスキーをするなら、皆アルプスへ飛ぶ。シャモニー、クーシャベル、バルビエ、サンアントンなどなど。列車もあるが、ジュネーブやチューリッヒまで飛び、バスに乗り継ぐのが一般的。パックの多くは1週間で6日間たっぷり滑る。スキーホリデーのピークは2月半ばから3月、加速度的に長くなる日、眩しい陽射しを楽しむスポーツなのだ。

最初と最後の日は悲しいかな、移動で潰れてしまう。ヒースローからジュネーブまではたったの1時間半なのに、リゾートまではお決まりの延々渋滞。やっとのことでシャレーに辿り付く。シャレーは日本でいうペンションやロッジのようなもので、ホテルのようなプライバシーはないが、暖炉のある空間は誰かの家に泊まっているようで心地良い。我々は、しかし到着後即ぐったりとしてベッドに潜り込んだ。

翌朝、空には雲ひとつなかった。青空というには青すぎる、紺碧の空。娘達は9時半にスキー学校、シャレーの中でも朝食は一番乗り・・・のはずがスタッフが後片付けをし始めている。「!」 3月の最終週で夏時間に変わり既に9時!私も夫も気づかずに寝過ごしてしまった。スキーに行きたくてはやる気持ちが、ついつい子供達にあたらせてしまう。「早くしなさーい!」

3歳と5歳の娘達が一丁前に「マトリックス」のようなサングラスをかける。ヘルメット、手袋、スキーブーツで出来上がり。子供のデビュタント(ビギナー)が行くのはスノーガーデンというフェンスで囲われたエリア。テニスコート8面分ほどの贅沢なスペースで、綱引きのようにつかまって昇る専用のリフト、休憩できる小屋までついている。インストラクターに遅刻を詫び、子供たちを放り込んだ。ちなみにヨーロッパでは英語が話せないとインストラクターにはなれない。

夫と二人になって上へ上へと向かう。ウオーミングアップもせず、行き着いたのは3000というリフト。その名の通り、標高3000mへ到着。木々はなく、山肌をあらわにするアルプス山脈が360度見渡せて、思わずため息が漏れる。

気の向くままに滑っていたが、ガイドっぽい人を先頭にした3人組の後を追い、ゲレンデ外へ。気がつくと見失い、辺りには誰もいなかった。壮大な山々に囲まれ、たった2人・・・滞在中、何度かそんなロマンティックな時間が流れた。ガイド付きであったが、一番印象的だったのは「秘密の谷」と呼ばれるコース。ひと一人が通るのが精一杯のゴツゴツとした峡谷で、岩をくりぬいた自然のトンネルもある。ゲレンデに近いのだが人っ子一人いず、とびきりの自然を満喫した。

日本だとゲレンデ外のバージンスノーを楽しむのはパトロールの特権のようだし、制限速度が適用されたとの噂のアメリカでは、無茶を犯すスキーヤーは少ないようだ。ヨーロッパは大人の国である。みな自分の責任に於いてゲレンデ外を滑る。確かに雪崩での死亡事故も起きているし、いくつかの言語で書かれた「パトロールエリア外・危険!」の蛍光色の看板をスキーヤは一瞥するが、彼らを止めることはできない。これをスキーの醍醐味とよぶのか無分別な行為とするのか。

切り立った岩間もデモビデオのようにシュプールが描かれている。新たに雪に覆われるまで、その曲線は讃えられるのだろう。特にヴァル・ディゼールはゲレンデの全長は350キロだが、オフピステと呼ばれるゲレンデ外スキーは全長1000キロと言われ、世界でも指折りのオフピステ天国なのである。

 

空がこんなに青いのは空に近いからなのか?観光協会のヴァーチュアルツアーで、この空とアルプスの壮大さを少しおすそ分けしたい。

昼過ぎ山々に点在するレストハウスに入る。テラスにはテーブルが並び、眩しい太陽の下でのランチ。老若男女目をつぶり、日に顔を向けて焼いている。Tシャツになっている人も少なくない。絶対体感温度が違うに決まっているのだ。そう言えば風を遮る大きな岩にもたれて上半身ビキニになっている人がリフトから見えたっけ。

食事を軽く済ませ、出発前にお手洗いへ。なぜかフランス山中のレストハウスのトイレには便器のみで便座がない。オーストリアやスイスにはあったはず???キレイ好きな日本人には用の足し方がムズカシイ。これは読者の想像におまかせしよう。

さんざん滑った後、託児所から子供を引き取って雪の中でしばし遊び、5時半に帰宅。手作りケーキでお茶の用意がしてあったが、すっ飛ばして子供をお風呂に入れる。子供たちは6時に食事。他の家族の子供達とワイワイと食べるのだ。その後遊びたがるのを制して部屋に戻り、親の我々も風呂に入りながら、子供の寝る用意。猛スピードですべてを済せ、階下に降りる。

スキー第一日目の夜、7時半にシャンペンとエスカルゴなどのカナッペが出て団欒し、シャレー客が互いを紹介しあう。仲良くなったのはおじいちゃん、おばあちゃんを始め、親子3代14人で来ている大家族であった。8時過ぎに大きな食卓を囲んで大人の食事。前菜、主菜、デザートと続く間に話も弾む。食後はポート酒、コーヒーとチーズがバーに並ぶ。

暖炉を囲むソファで一服し、毎晩そそくさと10時までに退散した。子連れのスキーはハードである。今までどうやって子抜きでスキーに行っていたかという話はまたの機会にするが、今回初めての子連れスキーなのだ。

高速リフトは凍えずに済み、ありがたいが、問題点もある。例えば来年ヴァル・ディセールでは現在17分かかるトミュースというリフトは来年6分になるとか。つまり滑走時間がもっと増えるという計算になる。子連れスキーは体力への挑戦としかいいようがない。

 

英国的休暇-ランドマークトラストI

2002年6月

「イギリス人はまるでホリデーのために生きているのね。」とはある日本人のコメント。フランス人、イタリア人などに比べれば働き蜂なイギリス人なのだが・・・。

私の英国的ホリデーははランドマーク・トラストである。似たような名前のナショナル・トラストに比べ、日本では馴染みが薄いかもしれない。人里離れてひっそりと建つ歴史的建造物を別荘として借り、タイムスリップを楽しむホリデーである。昨今続々と開発されている大規模リゾート村の対極にあると言えるかもしれない。

ランドマーク・トラストは、1965年にジョン・スミス卿によって創立されたチャリティー団体である。崩壊寸前の歴史的建造物を復旧、別荘として貸し出した収入で維持を続けていくのが実質的な目的だが、背後には壮大な夢とも言える目的がある。スミス卿によれば、「価値観、生き方、創造物など全てを含む歴史の時空に人々の興味を向けて行きたい。」というものだ。

よって、その土地の建築家や職人の力を結集し、あくまでも改装ではなく、修繕を念頭において手が入れられる。家具調度もゴージャスではないが、外観にふさわしいアンティークで揃えられる。壁の色やカーテン、絵画、オブジェ等インテリアの見事な調和は、居心地のいい時間旅行を演出してくれるのだ。

今までに救済された建物は、要塞、お城の類から豚小屋、鳥小屋、灯台に至るまで160以上に登る。すべてが掲載されているハンドブック(カタログ)を見るとわかるのだが、各々の規模は比較的小さい。でも、パンチのきいた大英帝国の富の歴史の忘れ物たちなのである。

初めて行った「poultry Cottage」 (poultryは食用の飼鳥類のこと)は北ウエールズの真っ暗な杉林のなかに建っていた。建物の多くは辺鄙な場所にあるのだ。観光名所のナショナルトラストと違い、標識などというものはなく、詳細な指示なしにはたどり着けない、大人のオリエンテーションである。例えば、「White Hartというパブを右手に見て、坂を下りきった所を左へ曲がる」といった具合。

そろり、そろりと運転していくと、ぬうっと目的の建物が現れた。鳥小屋・・・と侮るなかれ。どうだろう、この優雅なたたずまい。(写真参照) 目をこらすと背後に、我々人間様の滞在すべく小さな番人小屋が見える。(写真左奥)そう、鳥小屋の5分の一ほどであろうか。これぞ英国の富とエキセントリックとユーモアの真髄!

 

ランドマーク・トラストのサイトでは団体の歴史、現在のプロジェクト等を紹介している他、ハンドブックと呼ばれる建物のカタログのオーダーも受け付けている。

ステンドグラスのちりばめられた美しいこの鳥小屋は19世紀にリバプール在住の富豪ジョン・ネイラーによって建てられた。彼が有り余る財力で試みた農村モデルの一部である。それぞれの家畜のための大邸宅の他、肥料、飼料を運送する独自のケーブル鉄道に水道管もあったと言う。お屋敷に住んだ牛が音楽を聴いた和牛と同じくらい美味しかったかどうかは知らない。でも家畜の福祉が叫ばれる今、ネイラーは一歩先行き人だったのかもしれない???

感動をがおさまると、管理人としめし合わせた場所に鍵を取りに行くという宝探しを経て、扉を開ける。我々はこの番人小屋の束の間のあるじになったのである。ハンドブックで間取り図を事前にチェックしているものの、勝手を知らぬ家、探検気分でひとつひとつドアを開け、部屋割りを決める。荷物を運び込む。暖炉に火を入れる。そしてホリデーが始まるのである。

この続きはまた来月・・・。

 

英国的休暇-ランドマークトラストII

2002年7月

1996年に滞在したポルトリーコテージに始まり、今春のティクソール・ゲートハウスは5つ目のランドマークとなった。ゲートハウス、つまり16世紀に建てられた大邸宅の門だが、門といっても巨大。(写真参照)母屋は19世紀に崩れ果て、残った門がランドマークに救済された。

ロンドンから北へ車を飛ばして3時間、バーミンガム付近の渋滞を抜け高速を降りると、すぐに田園風景が広がった。石でできた太鼓橋をいくつも渡り・・・というより乗り越えて辿り付き、4つある塔の一つに入り口を見つけた。木のドアを開け、ラプンツェルをほうふつとさせる塔の磨り減った螺旋階段を見上げると、規則的に結び目のある綱引きのような太いロープが手すり代わりに垂れ下がっている。

心の準備を整えて転ばないよう階段を昇る。値段表の注意書きに「for hardier landmarkers」とあったのだ。hardyというのは「苦痛に耐えられる、丈夫な」といった意味だから、「タフな人向け」とでも訳せるだろうか。しかし、心配は無用に終わった。寝室4つもバスルーム3つも磨き上げられ、リビングは20畳ほどもあって広々としている。いつもランドマーク旅行をいっしょにする義理の両親もご満悦であった。

ステイするのがホリデーの目的なので、何をするかをアクセク考えるのは無粋である。ナショナルトラストのサイトで予め付近の観光スポットに目星をつけておくという宿題は済ませておきたいが、あとはシャンパンやシェリーを片手にログブックに目を通すことから始めるのがいいだろう。これはランドマーカーのゲストブックというか日記のようなもの。近くのパブ、散歩コースなどのオススメや失敗談が書いてある。国籍も様々、子供の書いたイラストもあり、参考でも、よきエンターテイメントでもある。

と、大きな鐘の音に飛び上がった。どこか至近距離からゴーン、ゴーンと聞こえてくる。義父がログブックと共に置いてある建物の資料に目を通し、文字盤のない時計だということが発覚。ホリデーの間中、時を告げてくれた。(夜はサイレントモード。)

翌朝、近辺を散策した。この辺りは産業革命後特に栄え、原料や加工品を運ぶための運河が、網の目のようにめぐらされている。運河に沿ってtow path(引き船道)があり、馬が運河に浮かぶ船を引っ張ったらしい。その引き船道が今ではよき散歩道になっているのだ。春先とあって白鳥が卵を抱いているのが葦の間に見える。仔馬も仔羊もいる。馬に草を食べさせようとしていると、知らない人が手のひらを平らにすると噛まれないのだよと、娘達に教えてくれた。魚釣りをする人、サイクリングをする人もいる。あくまでも緩やかな運河の流れは心まで安らかにする。

カナルボートという細長い住居用ボートもたくさん浮かんでいて、散歩中、ボートが点在する水門を通るのをよく見かけた。水門の前後で1メートル以上水位が違うこともあり、二つある水門の間にボートを入れ、進行方向の水門を開けて水位を同じにして進む。150年もの間船の通行を見届けているその水門のある風景は見ていて飽きることがない。

すべてはハンドブックのオーダーから始まる。ロケーション、値段表をもとにいくつか目星を付け、サイトで空き状況を確認して予約する。

帰って遅めのお昼を終え、夫と私は食料を仕入れにスーパーマーケットへ。どこにあるのか知らないが、大きな町に向かえば大抵一つくらい目につくものだ。コンロもあるが電気なので、大抵塊肉を買ってオーブンでローストしたり、煮込むのがいいようだ。ログブックにチューダー時代のレシピを参考に、この建物の時代の料理を作った人たちの話があったが、何を作るのであれ、鍋、耐熱皿等がキッチンに揃っている。

滞在中、2箇所のナショナルトラストへ足を伸ばした。もとリッチフィールド伯爵の屋敷であったShugborough EstateとBiddulph Grangeという庭園である。行きたい所はまだまだ余りあったが、他のランドマーク同様居心地がよく、残りの日々は小さな散策を大いに楽しんだ。

一番の冒険は何とゲートハウスのすぐ前、母屋の礎石が転がっている所で始まった。そこに住んでいるらしい野うさぎたちを、娘たちと夫が探しに行ったのは良かったのだが、いつの間にやら牛が20頭あまり集まってきたのだ。まるで「とおりゃんせ」のように娘たちを挟んで並んでいる。なにせ大きくて怖いのだが、逃げるわけにも行かず、忍び足で歩く姿はまるで肝試しであった。

さて、ランドマーカーになってみたいと思われた方もあろう?重宝なのは懐中電灯、サランラップやアルミフォイル。塩、砂糖、オリーブ油、バターやしょう油、最低限の調味料はあるとよい。ホテルではないので、消耗品は食器用洗剤とトイレットペーパーしか置いていないからだ。また、こちらの大きな本屋で売っているOrdnance Surveyと呼ばれる縮尺が1:25000と大きい地図も散策に便利だろう。また暖炉が付きなら薪をもっていくと雰囲気倍増である。

最後に、夏に行かれることを強くお勧めする。タイムマシンには乗らないだけで、イギリスの昔の家の再現である。冬は凍えると聞いていたが、今回3階に滞在した義理の両親は4月半ばというのに非常に寒かったそうだ・・・やはりタフの人向けだったらしい。

 

 

子無しスキーへの備え方

2003年3月

小さな子供を置いてホリデーに出かける夫婦は珍しくない。リゾート地の託児所サービスもポピュラーだが、親のリフレッシュ度はもちろん前者に軍配があがる。学校の先生に断りを入れても「ああそうですか。楽しんできてくださいね。」と、あっさりとしたもの。カルチャーショックも悪いものばかりではない。遊びほうけて親としての良心がチクリと咎めるが、郷に入っては郷に従え、我が家はほぼ毎年子無しスキーに出かけるのである。

週末や3−4日留守にするなら、ナニー(日本のシッターさんのような人)や、オーペア(ホームステイして英語を学びつつ家事手伝いをする人)などに頼むのが一般的。そして一週間となるとじじばばが登場する。ただ、我が家の場合カナダからの出張シッターとなり、ピンチヒッターで一度来てもらった我が母も日本から。普段の生活を知らないだけに、綿密な手配が必要になってくる。

娘達の学校の送り迎えの時間から、お稽古、お弁当の有無、持ち物、宿題の提出日等々、方眼紙に分刻みでスケジュールを書く。今時の子供は忙しい。旅行前後の煩雑さを考えると頭が痛いが、このスキーツアーは夫の大学時代の友人達を中心に、もう20年も続いているもの。皆持ちまわりで幹事を務め、最近では私の友人も日本から参加したりしている。

参加人数は10人前後。でも皆スキー熱心かと言えば、そうでもない。ハードスキーヤー組はヘリスキーにトライしたり、ガイドを雇ってゲレンデ外滑走を楽しんだりする。しかし、ゲレンデ組、クロスカントリー組の一部では、ジムに行ったり読書をしたり、過ごし方は様々。リゾート地にブティックが並ぶのも納得である。そして日中バラバラな我々は、アプレスキー(アフタースキー)で意気投合するのである。例えば、オーストリアはサンアントンでのチームライフをご披露しよう。


午後4時、ゲレンデ、ルート1が終わる直前にあるクレイジー・カンガルーというバーでツアーの面々と落ち合う。人、人、人、でボーダーとスキーヤーの差こそあれ、皆同じに見えてしまう。ボーダーはおしゃれに敏感なようだが、スキーヤーのファッション性は一概に低い。みな似たようなジャケットに黒のサロペットといったいでたち。もしくは10年以上は年季の入ったトレンカーやワンピース型の化石のようなウェアー。そのくせ、これまた年代ものそうな手袋が近年日本で話題のHESTRAだったりするから面白い。ただ、目元の流行には敏感なようで、今年はオークレーのゴーグルがヤケに目立っていた。

テラスにはベンチが並び、アルプスを真っ赤に染める夕日を眺めながら、ビールを片手に語らう日焼けしたスキーヤーがひしめきあう。バーの中も押し合いへし合い、おまけにハンメルンの笛ふきのような衣装をつけたバンドで耳がつんざけそうだ。日没とともに急に身体が冷えてくるのを感じ、ほろ酔い加減でふもとまで滑る。

そしてホテルのプールに飛び込み一泳ぎ、ジャクジーに浸かって酷使した筋肉をリラックスさせる。サウナもあったが、北欧のように男女混浴、水着は無礼とのことだったので、ご遠慮申し上げた。そして遅い午睡。子無しスキーならでは、のボーナスである。

毎晩7時、ホテルのバーでメンバーが集まった。こういう場面でヨーロッパ人は往々にして時間にルーズである。10人集まるのに30分くらいかかってしまう。従って、時間通りに来たまじめな面々は、より多くのアルコールを消費するという不公平な結果になる。今年のマイブームならぬ、チームブームはブラッデイーマリー。タバスコとウースターソースが効いていて何ともいえずスパイシー、「トマトジュースが体にいいよ。」などと、ついついお代わりしてしまう。たわいもない話やトランプで、時は過ぎていく。

8時半頃、すっかり出来上がってぞろぞろとダイニングルームへ。毎晩違ったチロリアン衣装を身につけたウェイトレスのサービスで、前菜、スープ、サラダ、メイン、それにデザートのフルコースのデイナー。これが、すべてクリーム三昧であった。コレステロール減量とか、健康食というコンセプトが存在しないのか、日中の激しいエネルギー消費量を補おうとする親切心からか。美味しくないわけではないのだが、普段和洋折衷の日本食に慣れている私の消化器官は、ギブアップ寸前であった。それでも楽しい会話とワインで食事は進む。

サンアントンの村は南北にそびえる山の谷間にあり、リゾート全体で83ものケーブルカー、リフトを利用できる。

 


10時半、アプレスキー本番である。7日間のうち、4日外出、2日ポーカー、1日休みといったスケジュールだった。メンバーの年齢層は30代から40代まで。私は結構若い世代に入っていたし、年明けからこのホリデーに備え熱心にジム通いしていたが、外出は2日に留まった。皆勤賞だったメンバーには敬服するしかない。

イギリス人用バーのアンダーグラウンドというのが我々の行き着けとなった。それぞれ年相応(?)のリクエストを飛ばし、いつの間にかスラマーが始まる。手の甲に塩をふりかけて舐め、テキーラショットを飲み干して、ライムを噛むのだ。我が夫は皆に敬意を表すため、1度は参加するが2度目が回って来る前にそそくさと退散してしまう。私は飲んだふりして時に飲みのこす。さもなければ肝臓が悲鳴をあげそうである。

時間の感覚がなくなった頃、次のクラブへ移る。どこのクラブだったか、気持ちよい酔いがさっと覚めた瞬間があった。オランダ人と思われる一行が私と私の友人めがけて「ニホンジン?ニホンジン?」と寄ってきたのだ。「近頃の日本の女の子は、イエローキャブのようなのか知らん?」と思わず老婆心。「二人の子持ちで良かったら?」などと言うことも無く事無きを得、午前2時過ぎお開きとなった。

最終日、土曜日の朝10時半、みな二日酔いの冴えない顔でバスに乗り込んだ。男性陣が「一週間は禁酒だな。」とつぶやいている。肝臓はこの7日間たまったもんじゃなかったに違いない。うとうとしているとあっという間にチューリッヒ空港に到着、ヒースローで現実に戻る。ロンドンは暖かな陽射しで早咲きの桜が満開であった。

子連れスキーは体力への挑戦(バックナンバー参照)、鍛えることもできようが、子無しスキーは備えようがない。

 

英国式ピクニックの勧め

2003年6月

「チェルシーフラワーショーの季節になりましたね。」5月の末に交わされる挨拶・・・この園芸展は、オフィシャルなイギリスの夏宣言なのだ。今年は雨ばかりで15度前後の日が続き、最近増加中の日本人ビジターは皆震え上がったに違いなく、暦の上の話なのだが。そして6月。梅雨を連想しそうだが、イギリスはバラが咲き乱れ、気温は20-25度。北欧のように白夜と言わずとも、日没は9時近くと、時間を忘れてしまいそう。そんな夏は毎週が風物詩だ。

先週はロイヤル・アスコット(この話は来月!)、今週からウィンブルドン、続いて日本からの参加者も多いヘンリー・ボートレース。6月はグラインドボーン・オペラの幕も開く。これはコベントガーデンのロイヤル・オペラハウスでなく、ロンドンを100キロほど南下したブライトンの近くで、夏のみ行われるオペラである。邸宅と庭園を楽しみながら、鑑賞前にお庭でシャンペン、幕間にピクニックでディナーを頂く、大人の夏の遊宴だ。

これらアウトドア・イベントと切っても切れない縁があるのが、ピクニック。日本のピクニックとちょっと様子が違うのは、遠足・・・というより、屋外でのお食事といったニュアンスが強いところか。とにかく荷物が非常に多い。スーツケースを山のように持ち歩く外国人のイメージだ。

まず、ブランケット。ブランケットというのだから、本当に毛布なのだ。裏がビニールコーティングしてあるが、ビニールシートではなく、真夏でもタータンチェックのモゴモゴとしたものを敷く。丸めると手提げになっているものが主流だが、これで小さなカバン一つ分。

それでなければ、折りたたみ式のテーブルと椅子を持ち歩く人も多い。グラインドボーンでのピクニックであれば、タキシードにイブニングドレス。緑鮮やかな芝生の上に真っ赤なタータンのブランケットを広げ、ハンサム・ダンディが寝転んでいると、思わず見とれてしまう。が、こちらの人は体が硬いから地面に座るというのはなかなか辛いものらしい。テーブル&椅子の方が断然優雅だ。最近はイギリスにも「便利」というコンセプトがやっと根付いてきて、テーブルと椅子がブリーフケースのようにまとまるコンパクトなものが市場に出てきた。

そして食器。子供づれのピクニックならまだしも、イギリス人は軽薄短小の代表ともいえる紙コップ、紙皿を嫌う。夏になると、スーパーにはアクリル製の割れないグラスや水差し、お皿が棚を賑わすが、最近友人仲間で流行っているのが、食器セットがリュックサックになったもの。(写真参照) 4人分のアクリル製ワイングラス、メラミン製のお皿、カトラリー、チーズやパン用の小さなまな板にナイフ、忘れがちな塩&コショウ瓶にワイン・オープナーも付いている。そして、ギンガムチェックのナプキンとお揃いのテーブルクロスが布製なのは、いかにも英国チックだ。ワインの保冷コンパートメントは取り外しがきき、まさに完璧。今までの籐製ハンパーバスケットに比べれば進歩したが、それでもかなりの荷物である。

食器セットがリュックサックになったもの。カトラリーを割りばしに替えただけでも、大分荷物が減る・・・などと、考えてはいけない。

 

加えて、水遊び「パンティング」であれば、我が家は使い捨てBBQを持っていくことも多い。荷物ナンバー3。

そして、やっと食べ物となる。玉子焼きとかおにぎりとか、ギッシリ詰められるお弁当用メニューの感覚からは程遠い。大人のピクニックなのだから、まずはカナッペなどのおつまみから。そして、とっても量ばるパン。パスタサラダならまだしも、グリーンサラダは詰めてしまっては台無し。もう荷物は増える一方だ。

それに、ハムやローストビーフ、サラダ、チーズ、デザート、白ワインにシャンパン、どれも冷えていた方がよいものばかり。そこでクーラーバッグのお出ましとなる。最近では小型冷蔵庫ほどのコロの付いたクーラーバッグも登場したらしい。これではダイニングルームだけでなく、キッチンも持ち歩くような訳で、もう引越しのような騒ぎである。花瓶に挿した花や、キャンデラブラと呼ばれる大型キャンドルスタンドまで持ち出す徹底派もいるほどだ。

夏が終り10月末に冬時間に替われば、また暗い日々が始まる。クリスマスまでの退屈な夜長を考えると、多少の労や睡眠は惜しまず、楽しまなくては、ね。

 

非日常で若返る

2004年9月

ここ5年ほど、毎年夏はグラインドボーン・オペラを楽しんでいる。私も夫も決して熱心なオペラファンではないけれど、それにハイソに属しているわけではないけれど、夕方から10時ごろまで、ゆったりとした非日常の味をしめた・・・といったらいいだろうか。

グラインドボーンオペラ www.glyndebourne.com は5月末から8月末までだけの、夏のオペラだ。場所もロンドンから南に100キロ、ブライトンをちょっと東に行った丘の、村とも言えない寂しい場所にある。

小さな池や牧場を望む庭園の中にマナーハウスが建っていて、オペラはその横にある劇場で催され、観客はブラックタイ(タキシード)とイヴニングドレスで鑑賞し、一時間半ほどの幕間に、ピクニックを楽しむ。

辺鄙なところではあるが、グラインドボーンの名は高く、シーズンで6演目ほどが上演されるが、どれも世界トップクラスのものばかり。私は専門家ではないが、演劇ともミュージカルとも異なるそのアートな空間に言葉では言い表せない感動を覚える。

今年観たのは、ヤナチェックのジェヌファ。去年のヨハンシュトラウス作「コウモリ伯爵」で聞き覚えのある曲が多かったので、今年の本命ははカルメンだったのだが、抽選なのでそうは問屋が卸さない。グラインドボーンはウィンブルドンのように会員制であり、ウエィティングリストが長いのと、その莫大な会費に、会員は企業かアッパークラスが殆ど。その会員がそのシーズンのチケットを購入した後、一般募集が行われるのだ。カルメンのように人気の出し物は何かテクニックでもない限り難しいのだろう、私は第一希望から第七希望まで出して、やっと入手したのが、この悲劇のチケットであった。

繰り返して言うが、私はオペラの大ファンというわけではない。この日全体の、「何を着ていこうかしら?」とか、「何を食べようかしら?」とか、「お天気はいいかしら?」とか、そういったモロモロのことを考えるのが楽しいのだ。

毎年同じドレスを着るわけにも行かず、春ごろから手ごろでゴージャズなドレスを探しにかかる。一回きりじゃ勿体ないので、おしゃれなレストランなどに着ていけるものをピック。イヴニングと規定されているので、自然と肩やデコルテが開いたものが多くなり、勇気と根性で着こなすことが要求される。今年のように冷夏だとタキシードのジャケットを着ていてちょうどよいぐらい、パシミナと黒のコート(!)を用意はするが、日が高いうちは、寒いのに歯を食いしばって露出する。

毎年友人のカップルを誘い、一週間前からメニューを考える。レストランもあるが美味しくない&高いので、我が家はいつも自前である。今年はズッキーニのローストサラダが前菜、鮭のレモン焼きに、アスパラとトマトのクスクスをメインにした。デザートは桃のローストとビスコッティ(すべてロンドンの食卓集参照)に、ヴィン・サント(イタリアのデザートワイン)。どれもこれも、簡単だが、「夏」をテーマにするのがよいようだ。

当日は忙しい。食事を用意し、身づくろい。磨いていないところも、この日ばかりは磨いてみたいものだ。夫もタキシードのスタッズが、なかなか留められなかったりして、大騒ぎ。食事の用意と、椅子、テーブル、食器類を車に積み(休日事情バックナンバー、英国式ピクニックの勧め参照)、2時半には出発。

まるで映画の一シーン。木製のテーブルから、椅子まで持参であっぱれ。

平日が殆ど、夫は携帯で会社と連絡を取りながら、4時半ごろには、広い庭園の中で場所を決め、テーブルをセットする。そしてクーラーバッグからシャンペンを取り出し、乾杯。グラスを片手に、花の咲き乱れる庭園を腕を組んで歩くのもよし。

5時半か6時ごろ、第一幕開演。円形のこじんまりした劇場だからだろうか、観衆は舞台を肌で感じる。オペラに詳しくなくても、字幕を追うのが忙しくても、感動するのはそのせいだろう。

イギリスの夏の日は長い。幕間となってもまだ日は高く、夕日を眺めながらピクニックを楽しむ。レストランではないから、前菜も主菜もデザートも、お皿一枚をペーパータオルで拭いて供すのだが、甘くて新鮮な空気が何よりのご馳走である。

第二幕を終えるとほぼ10時。多くの観客はロンドンへの帰途に着く。駐車場から出るのに列ができるので、我が家はいつもコーヒーを飲んで一服する。一時間あまりのドライブの眠気覚ましであるとともに、一日の余韻を楽しむひと時でもある。

ヘンリーで行われるボートレース、アスコット競馬、グラインドボーンとイギリスの夏を彩るオハイソなイベントは多い。でも上流階級でなくとも、毎年の常連がいるのは、このドレスアップ&アウトドアという非日常が何にもましてルーチンライフをリフレッシュしてくれるからに違いない。

 

イギリスが見えるスポーツ

2004年10月

子供が最近ネットボールに凝っている。これは19世紀終わり頃に英国にいたアメリカ人が、バスケットボールを女性用にアレンジして生まれたスポーツらしい。ポジションが決まっているため、バスケットボールほど動き回ることなく、パスを中心にしてボールを進めるゲームで、ボードのないバスケットにボールを沈めて得点する。イギリスの学校では、避けて通ることのできない、とってもポピュラーなスポーツなのだ。

イギリスではゴルフやテニスも盛んであるが、実は日本人には馴染みのないスポーツがたくさんある。日本のスポーツ交流は、もしかしたら、アメリカとの方が深いのかもしれない。イギリス人で野球のルールを知らない人はたくさん存在するように、日本人にはルールがチンプンカンプンなイギリス人のスポーツを今月は紹介したい。

まずクリケット。野球のルールは知らなくとも、その原型となったクリケットは国民的スポーツである。日本では、クリケットのユニフォームであるベストが一時期流行ったこともあったが、スポーツ自体は伝わらなかった。一試合4日間というのもネックなのかもしれない。

でもイギリスでは、サッカーと並び、男の子が最初に出会うスポーツで、週末にお父さんとバッティングの練習をしている子供がたくさんいる。草クリケットチームも多く、老いも若きも楽しんでいる。野球はアメリカ、カナダ、日本や韓国で盛んでも、世界選手権のようなものはオリンピックだけのようだが、クリケットはシーズン中コモンウェルス(旧大英帝国植民地)の国々との対抗試合がいまだに盛ん、こんな時にイギリスの華やかなりし歴史が見える。

そして現在熱いスポーツと言えば狩猟。先月、狩猟禁止法案を討議中の国会に警備をすりぬけ、5人もの乱入者があり、話題になったのだ。翌日、乱入者の中にはブライアン・フェリーの息子や、英国王子たちの属するポロチームの選手が含まれていたことが明らかになり、一層話題を呼んだ。

狩猟は猟犬を使って狐を追い込み、馬上から撃つスポーツ。禁止賛成派の言い分は「狐を追い回した上に殺すのは、残酷だから。」しかし、狐は大きなネズミとでも言おうか、有害なことが多いので、その数を一定に保つという点において有益なスポーツであるし、何しろ歴史が長いのだ。狩猟に使う犬や馬を飼育して生計を立てている人も少なくなく、この騒ぎはまだまだ続きそうである。

狩猟もそうだが、イギリス人は馬が大好きである。だから、決して日本では馬刺しという食べ物があるなど、口が裂けても言わないようにしている。(なぜ、牛はよくて馬がよくないのか、わからないが。)

そして馬といえばポロ。先ほども触れたが、チャールズ、ウィリアム、ハリー王子すべて、ポロの選手であり、とってもおハイソなスポーツである。というのも、ポロの馬はポニー(子馬)と呼ばれるが、実際は競馬を引退したサラブレッド達。お値段も普通の乗馬用の馬が70万円から400万円くらいなのに対し、1頭数千万円くらいするのだ。それに激しいスポーツなため、6分毎に馬を総入れ替え。ポロクラブの持ち馬もあるが、とにかくお金のかかるスポーツなのだ。

私は乗馬を始めて間もないし、ポロとは縁もゆかりもないが、知り合いがポロクラブの組織に入っているので、先日ポロポニーに乗る機会があった。乗馬とは手綱の持ち方や、命令の出し方も違うのだが、一番違うのは馬の頭脳。初心者の私は普通馬に馬鹿にされるのだが、そんな低次元なことはせず、命令に即従う賢さ!さすがサラブレッド、だてに高いわけじゃないらしい。

ロンドン郊外の屋外ロッククライミング。ロープとハーネスのほかはあまり用具が要らないので気軽。

ポロはさておき、我が娘達も母に倣ってこの夏休み、乗馬を始めた。とはいっても、小型の馬(ポニー)に乗って、先生に引っ張ってもらう乗馬の真似事のようなものだ。テニスや水泳と並んで、乗馬のお稽古もポピュラー、夏休みには馬の世話をしながら乗馬を習う通いのキャンプもある。田舎に旅行に行ったとき、ウオーキングの代わりに親子で乗馬を夢見る私である。

ところが、夫は夫で別の夢を描いているらしい。Mid Life Crisis (中年の危機)か、数年前からロック・クライミングを始めたのだ。そう、壁をよじ登るスポーツである。最近の週末は家族で近くの屋内クライミング場に行くことも多く、7歳の娘に懸垂を練習させたりしている。

このクライミングもイギリスでは非常にポピュラーで、子供時代に経験するスポーツとしてはゴルフに勝るようだ。クライミング誕生日パーティーや、クライミングレッスンもあり、週末のクライミング場はまるで芋の子を洗うようである。イギリス人の冒険好き精神をかきたてるのかもしれない。

空手をイギリスで習えば、お辞儀など礼儀をならったりして、日本のエッセンスが伝わる。つまりスポーツを見れば、隠れたイギリスが見えてくると思うが、どうだろう?

 

シェイクスピアの国の演劇事情

2005年5月

ここ半年の間にミュージカル二本、パントマイム一本、演劇二本・・・。これは我々夫婦でなく、6歳と8歳の娘達の観劇数である。別に彼らが特別演劇ファンというわけではない。イギリスという演劇国家のなせる業なのだ。

日本では立派な劇場がたくさん建っているようだが、こちらではロンドン市内のものも含めてどれも小規模だ。 とはいっても、昔東京の下北沢あたりにあった極小さな劇場よりは大掛かり。(今もあるのか知らん?)舞台を囲むように客席が並び、古い劇場だと必ず脇にボックス席と呼ばれる個室が並ぶ。本当に箱のようで、この言葉がどうやって派生したのかよくわかる。

ステージを囲むように円形に客席がならんでいるので、一階の真ん中部分はドレスサークルなどと呼ばれる。そのためか、長方形に並ぶ客席よりも、舞台との一体感や、役者の息遣いまでが伝わ り易い。その臨場感に大人も子供も吸い込まれてしまうのが、観劇の醍醐味なのだ。

ここ半年で、我が家の娘達は話題のミュージカル「メアリーポピンズ」を観て、お友達のお誕生日で「チキチキ・バンバン」。学校の課外学習でパントマイムを観て、近所の野鳥センターにあるホールで 行われた劇では野鳥育ち方を学び、春休み前には「宝島」を見に行った。

メアリーポピンズは賞をとったローラ・ミッシェル・ケリーの、映画と一味違うキャラクター作りが素晴らしかったし、チキチキ・バンバンはその舞台装置の仕掛けに大人も楽しめた。さすが、ウェストエンドのミュージカルである。でも、大ヒットだったのは宝島だった。

近所の劇場で上演されたものだが、チケット代は8ポンドぽっきり(約1600円)。キャストはたったの二人、音響もキャストが演奏するか、観客の協力・・・。 それでも決してしみったれてはいない。たくさんの海賊達が出てくるのだが、その「うぉーっ」という歓声 や、酒盛りの歌は子供達が喜んで参加した。酔っ払いになりすました歌の練習も筋書きのうちだ。

主な登場人物だけでも7人ぐらいだから、ナレーターも含めて 各々3−4役を受け持つ。小道具も、バナナがピストルになったり、音響で大活躍のコントラバスが船のマストになったり、 暗転も全くなしに全場面をこなしてしまう、その想像力の豊かさは当に芸術的だ。

子供達と競争するわけではないが、我々も負けてはいない。今年は、イギリスで話題になった「ヒストリーボーイズ」のチケットをクリスマスプレゼントで頂いたのを皮切りに、アメリカ西海岸に舞台を移したオペラ「カルメン」、 新しいミュージカル「ファー・パビリオン」、そして映画の舞台化作品「恋人達の予感」のと続いた。メグ・ライアンを有名にしたと言っても過言ではない、この映画の偽オーガズム・シーンも、なかなかの見ものだった。

 

ロンドン郊外に建つ劇場。週日の日中はひっそりとしているが、7時ごろになると多くの人で毎日にぎわう。

しかし、劇場が小さいとリアル過ぎてしまうこともある。イギリスは日本にくらべ、表現が自由なせいだ。以前、ブルールームという、様々なカップルの恋愛劇を見に行った時のことだ。ショーン・コネリーの息子ジェイソン・コネリーがラブシーンで全裸になっての演技!「青少年には適さない場面があります。」との但し書きがあったとは言え、目のやり場に困ってしまった。

さて、次は何を観にいこうか。とにかく劇場の数が多く、例えば我が家はロンドンの中心街から離れているが、車で15分以内にある劇場だけでも4つある。どれもが 子供向け、大人向けの様々な演目をダイレクトメールで送ってくる。

先日はグラインドボーン(休日バックナンバー「非日常で若返る」参照)から、2−3万円もするチケットを30歳以下なら空席を30ポンドで提供するという手紙も来ていた。若手のプロダクションと若いオペラファンを支援するプログラムだ。

シェイクスピアの国だもの、演劇を楽しまないと損というものである。

 

 

キャンプしながらオペラ鑑賞

2005年5月

先月の劇場事情に引き続き、今回はオペラの変り種を紹介したい。7月の第二週目の土曜日、今年4年目を迎えるという「果樹園のオペラ(Opera in the Orchard)」に行ってきた。ご近所さんの友人が企画したもので、彼女の自宅の庭でオペラを上演、夜はキャンプをするというユニークな催しだ。

というか、ユニーク過ぎて、さっぱりどんなものなのか見当も付かなかったが、一緒に行くご近所さんに言われるがまま、テントやら寝袋、お弁当やワイン、ビールを車に詰め込み、エセックスはChelmsfordに近い Bishop Wickhamという村へ向けて出発した。

幹線道路を降りて「果樹園のオペラ」の標識にしたがって田舎道を行く。農場らしいゲートを入ると、大きな敷地の中、人々が思い思いの場所に車を止めてテントを張っている。人々に混じって犬、それも大きなゴールデン・リトリーバーなどが たくさん走り回っている上、豚の丸焼きがBBQされているし、山羊のミルクやチーズを売る人たちが連れてきた生後1週間の子山羊たちがメーメーと啼いていて、なんとも不思議。オペラとは程遠い雰囲気であった。

勿論、子供達は大喜び。広い敷地の中の果樹園や放し飼いの馬などを探検しに出かけてしまった。我々大人もテントを張ると、ビールを片手にオペラの「舞台」を見に行った。企画者の家の脇と前に、運動会で見るようなテントがふたつ。脇のテント にはコンパクトなオーケストラが陣取り、前のテントでは出演者たちが普段着でリハーサルを行っていた。なんともオープンである。

そして、観劇の前に腹ごしらえ。豚の丸焼きの薄切り肉をロールパンに挟んだものを買ってみた。ケチャップもマスタードも塗らずに、まず一口。Melt in the mouth(口のなかでとろけてしまう)とは、この瞬間のためにあったのだと思う。美味しい空気のせいもあるのだろうが、柔らかい肉と、クラッキングと呼ばれるカリカリになった脂身の部分がなんとも言えない美味しさだ。その後、ワインとともに、サラダやチーズなど、持参したお弁当をたいらげた。

再び会場に行くと、観客の多さにびっくりした。キャンプをしない人たちだろう、着飾った人々が持参した折りたたみ式のテーブルを客席の周りに並べ、会食しながら開演を待っている。キャンプ組は私を含めて極めてカジュアル・・・と思いきや、上半身はタキシード、下半身は短パンにデッキシューズという輩を発見!これこそ、イギリスのエキセントリ シズムだと感心してしまった。

演目はロッシーニの「セビリアの理髪師」。やはり夏の夜にはコメディが似合う。 オーケストラとも出演者とも至近距離、なんともいえず迫力があるのだけれど、屋外でワインを飲みながらの観劇は、リラックスすることこの上ない。子供達も初めてのオペラ&イタリア語の歌(台詞は英語)にも関わらず、退屈することがなかったようだ。

企画者の家の2階の窓から登場した歌手達。「家」がそのまま舞台装置になるとは、なかなかの感激モノ。

 

終演の頃にはすっかり出来上がっていて、どうやってテントにもぐりこんだのか、はっきりと覚えていない。でも子守唄代わりにどこからか合唱が聞こえてきたのは記憶にある。後で聞いてみると、オペラ歌手を始め一部の客がキャンプファイヤーを囲んで、いつまでも歌っていたそうな。

翌日はイギリスにしては炎天下の夏日。常連さんたちは慣れたもので、BBQやテーブルコンロで朝からソーセージやベーコン、目玉焼きを焼いて、Full Enlish Breakfastを楽しんでいた。クロワッサンだけの我々の朝食がちょっと惨めであった。

朝食の後、散歩に出かけると敷地横の池でキャンパー達と犬が泳いでいた。来年はコンロと水着を忘れないように・・・と心に誓う。

しかし、なんと豊かな週末だろう。実は6月末に、イブニングドレスを身にまといグラインドボーン・オペラ(休日バックナンバー参照)に行ったところ。同じオペラでも 、こんなに楽しみ方にバラエティがあるのかと、その創造性に脱帽するばかりであった。ま、イギリスでは稀なるよい天気に恵まれたのも、 大きな要因。寒さに震えながらの観劇なら、印象も変わっていただろう・・・。

 

 

 

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